『呪われた龍にくちづけを』書籍化&コミカライズ記念 おまけ短編集

綾束 乙@4/25書籍2冊同時発売!

第1巻 ~新米侍女、借金返済のためにワケあり主従にお仕えします!~上 編!

おまけ短編1 明珠と順雪の帰り道


「あっ! 姉さんっ!」


順雪じゅんせつっ!」


 夕暮れ間近の家路を急いでいた明珠めいじゅは、最愛の弟・順雪じゅんせつの声に、ぱっと声のしたほうを振り向いた。


 私塾の帰りだろう。一緒に通っている友達と「じゃあね、また明日!」と手を振って別れた順雪が、勉強道具が入ったかばんを抱えて、ぱたぱたと明珠へ走り寄ってくる。


「順雪、いま帰りなの? いつもより遅いのね」


「うん、先生に質問してたら、ちょっと遅くなっちゃって……」


 問いかけると、順雪が愛らしい面輪に困ったような笑みを浮かべる。


「えらい! しっかり勉強してきたのねっ!」


 明珠の前に立った六つ年下の順雪の頭をよしよしと撫でる。えへへ、と嬉しそうに笑う順雪の笑顔に、明珠の口元も自然とほころんだ。


 可愛い。可愛すぎる。

 まだ十一歳の順雪は、明珠にとって目の中に入れても痛くないほどの宝物だ。


「姉さんこそ、いま帰りなの?」


 順雪が小首をかしげて、頭半分ほど背の高い明珠の顔を覗き込む。


「大丈夫? 昨日も遅くまで働いてくれていたでしょう? 無理しないでね」


 順雪の小さい手が、きゅっと明珠の手を握りしめる。

 縋るような手指先に、明珠は思わずぎゅっと順雪を抱きしめた。


「大丈夫よっ! 可愛い順雪がいてくれるなら、お姉ちゃん、どんなことだって頑張れるからっ!」


「わぁっ、姉さん!?」


 順雪があわてふためいた声を上げるが、かまわない。

 半分しか血のつながらない姉を心配してくれるなんて、順雪はなんて心清らかで優しいんだろう。


 明珠と順雪は父親違いの姉弟だ。順雪の父親は一緒に暮らしている義父の寒節かんせつだが、明珠は母・麗珠れいじゅの連れ子だ。


 明珠の本当の父親は――。


「姉さん、ところでこの野菜は……?」


 腕の中の順雪がもぞりと身じろぎして、明珠が順雪ごと抱きしめていた葉物野菜に視線を向ける。


「あっ、ごめんね!」


 明珠は腕をほどくと、にっこりと笑いながら順雪に腕の中の小松菜と青葱あおねぎを見せた。


「飯店のおかみさんから、今日はたくさん仕入れたからって分けてもらったの! 今日のおかゆは葱入りにできるわよ! 小松菜のおひたしだってつけちゃう!」


 明珠が貧乏なのを知っている飯店のおかみさんは、こんな風にときどき食材を分けてくれる。明珠や順雪がなんとか飢えずに暮らせるのは、おかみさんの厚意によるところが大きい。明珠にとっては頭が上がらない相手だ。


「わぁっ、葱入り……っ! すごいっ、ぜいたくだねっ!」


 ぱぁっと愛らしい面輪を輝かせる順雪に、「可愛い……っ!」と心の中で叫びつつ、同時で申し訳ない気持ちでいっぱいになる。


 もっと明珠がしっかり稼ぐことができたなら、葱だけじゃなく卵だって入れてあげられるのに。


 いや、順雪は成長期なのだから、野菜ばかりじゃなく、お肉やお魚だって食べさせてあげたい。


(そのためには、もっといっぱい働かないと……っ!)


 明珠はぐっと拳を握りしめて、心の中で決意する。


 一家の精神的な支柱であり、稼ぎ頭でもあった母の麗珠が亡くなってから、まもなく五年になる。亡き母が死ぬ間際まで案じていた順雪は、姉の自分がしっかり守らなくては。


 明珠の少ない稼ぎを何とかやりくりして順雪を私塾に通わせているのも、順雪には将来、役人になって貧乏との無縁の生活を送ってほしいからだ。


 貧しい食生活のせいで、十一歳にしては小柄で痩せているものの、順雪は利発で優しく、とっても素直だ。私塾の先生にも可愛がられているという。読み書き算数ができれば、きっと将来、よい就職先が見つかるに違いない。


 残念ながら、義父の寒節は妻を亡くして以来、酒におぼれ、自堕落な生活になってしまったので当てにならない。明珠がしっかりしなくては。


 順雪を立派に育てるためならば、明珠自身は、どんな苦労をしたってかまわない。

 と、く~っ、と順雪から小さな音が鳴った。同時に、つられたように明珠のお腹もくぅ~、と鳴る。


 二人とも夕食前で空腹だ。仕事や勉強で疲れていたところに夕ごはんの話をしたので、身体が反応してしまったらしい。


「えへへ」

「ふふっ、今日も一日頑張ったから、おなかがすいたわね」


 順雪と顔を見合わせ、笑いあう。


「家に帰ったら、すぐに夕ごはんの支度をするわね」

「うんっ! 僕も手伝うね!」


 差し出した明珠の手を、順雪がぎゅっと握り返す。


 道の両側の家からは、夕餉の支度をする煙が細く立ちのぼり、家路へ帰る人々も多くなってきている。


 仲良く手をつなぎ、明珠と順雪も我が家である長屋へと歩き出す。



 明珠はまだ知らない。

 この数日後、義父の寒節が持ってきた奉公話で、最愛の弟・順雪と別れ、名家である蚕家かいこに奉公する事態になることを。


 そして蚕家で、自分の運命を変える出逢いが待っていることを――。



                            おわり


~作者よりお知らせ~

 カクヨムに掲載しております「呪われた龍にくちづけを 第一幕 ~特別手当の内容がこんなコトなんて聞いてません!~」が、2023年5月25日、MFブックス様より、

『呪われた龍にくちづけを1 ~新米侍女、借金返済のためにワケあり主従にお仕えします!~上』

 として書籍化することになりました~っ!ヾ(*´∀`*)ノ

 https://mfbooks.jp/product/noroiryu/322210001312.html


 残念ながら、順雪は序盤にちょびっとだけしか出てきませんがっ!(笑)


 その代わり、蚕家の侍女として奉公することになった明珠の主人として、美少年の英翔えいしょうが出てまいります~っ!( *´艸`)


 英翔の他にも、英翔の従者である冷徹鬼上司な季白きはくと、穏やかで優しい張宇ちょううに囲まれ、明珠の新生活はにぎやか極まりないことに……っ!


 気になる方は、ぜひぜひお手に取っていただけましたら嬉しいです~!(ぺこり)


 特典情報をまとめている近況ノートはこちらです!

 https://kakuyomu.jp/users/kinoto-ayatsuka/news/16817330657544837598


 ちなみに、次のおまけ短編はWEB版はすでに第三幕まで掲載しておりますので、第二幕、第三幕の登場人物も入り乱れてのメタ要素マシマシのお遊び短編の予定となっております~!


 いちおうネタバレはあまりしないように気をつけてはおりますが、気になるという方はお気をつけくださいませ……っ!(>人<)


 なお、今後、『呪われた龍にくちづけを』の書籍化等のおまけ短編(なんとありがたいことに、2巻&コミカライズが決定しているのです……っ! 3巻以降は売上次第ですが……)は、こちらの続きでアップしていく予定ですので、気になる方は作品フォロー、もしくは作者フォローをしていただけますと嬉しいです~!(*´人`*)

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