罪人の鮮血

はる

正史

 内向的な性分で、小さい頃から損ばかりしている。兄のドォムは俺をよくからかった。

「内気なダリア、家に帰ってお母さんの膝で眠りな」

 俺はそれに怒ったが、どうしようもなかった。怖がりなのは事実だし、腕っぷしの強い兄にはかないっこない。

 そう近所のミカラに言えば、ミカラはころころと笑って言った。

「卑屈にならなくていいのよ。ダリアのいいところ、私知ってるから」

 大抵の物語なら、ここで僕はミカラのことを好きになり、将来結婚なんかするのだろう。でも、俺は違った。俺は物心ついた時から、兄のドォムのことが好きだった。近所の友達と遊ぶようになって、俺の恋心が「異常」であると気づいた。誰も、同性の、しかも、血を分けた兄弟を好きになんかなってない。俺は兄について回ってよく疎んじられてきたが、それでも兄のことが好きだった。それは大きくなっても変わらなかった。それどころか、兄が男らしく成長するにつれて、思慕の念は募っていった。

 学校に上がると、俺は度々虐められた。俺の、兄を見つめる目が普通ではないことを嗅ぎ取った連中がいた。

「きめぇんだよ、お前」

 肩を押されて尻もちをつく。

「熱っぽい目で兄弟見てんじゃねぇよ」

「……別にそんなんじゃ」

「嘘つけ。お前見てるとヘドが出るんだよ。さっさといなくなれよ」

 俺という存在が疎まれていることは自覚していた。俺は兄とはいられないと思った。いつこの気持ちがバレるとも分からない。そうしたら、兄に迷惑をかけてしまう。できるだけ離れるために、俺は修道士になることを決意した。

 修道院学校に入学する前の晩、兄にそのことを告げた。

「……そういうわけだから、当分は会えなくなる」

 すると兄は黙って俺の頭を撫でた。

「……寂しくなる」

「お兄ちゃんも、演劇の勉強、頑張ってね」

 兄は演劇俳優になるために色々と活動していた。そんな輝く兄の姿を見られないのは残念だったけど、これで心に一区切りつけるチャンスだと思っていた。


 修道院学校では、極めて真面目に勉強をしていた。交友もろくにせず、神の教えを忠実に守っていた。周りからはカタブツだと思われていたけど、逆だった。禁断の愛を抱いてしまった自分自身を戒めるために、規律で自分自身を縛っていたのだ。しかし、兄から離れたことや、同性愛や近親相姦を禁じる教えに圧迫されて、段々と精神を病んでいった。

「大丈夫か?」

 同級生のアーニーが俺に声をかけてくれた。

「顔色悪いぜ。なんか悩み事でもあんのか?」

 俺は人生を終わりにしようと思っていた。だからアーニーを夜の祭壇の前に呼び出した。

「アーニー。僕は罪人なんだ。……兄を愛してしまったから」

 誰かに聞いてほしかった。自分というちっぽけな存在の全ての人生を。アーニーは黙って聴いてくれた。それから、彼は頷いた。

「楽になれたか」

「うん。これでいけそうな気がするよ。ありがとう、アーニー」

 彼は立ち去った。俺は短剣を懐から取り出した。

 イエスの見守る前で、俺は刃を胸に突き立てた。黒い血が溢れ出す。返り血がイエスの足元を濡らした。

「これで楽になれる……イエス様、私は本当に罪人でしたか」

 イエスは悲しげな目をしていた。でもそれは俺の錯覚かもしれなかった。

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