1-10 <Love is The Message(1)>

アリヤとマキが参加した、梅田のDJバー「リチェルカーレ」でのパーティーは、ものすごく盛り上がった。


盛り上がった理由は、出演したDJたちのクオリティが非常に高かったことも大きかったが、それだけでなく、たとえばアリヤが後半あたりからマイクを握って、MCでしゃべって煽りまくったことも大きかった。


アリヤの出番の前にマキがプレイしたのだが、マキのプレイ中にアリヤは日本語と英語、そしてイタリア語で、こんなふうに言ったのだ。


「へーイ!

Here is DJ Maxiだよー!!

Maxiはね、最近カレシができたんだよー!

しかも、カレシもDJなんだよー!

だからさ、みんな、応援してやってー!!!

彼女のDJも、彼女の恋の行方もさー!!!!」


マキは、びっくりするやら恥ずかしいやらで、プレイ中、もう少しで手元が狂うところだった。

しかし必死の思いで、なんとかやりとげた。

もちろん、オーディエンスは大いに盛り上がった。


アリヤとの交代のとき、マキはアリヤに、


「もうー!!

アリヤったら、何考えてんねんー!!!」


と怒りまくったが、アリヤは平気な顔で、


「へーん、盛り上げるためには、これくらいやるもんよ。

マキも、これくらいはスルーできるようじゃなくっちゃ、一流のDJとは言えへんよー!」


と、まったく屈託がない。


しかも、その後。

出番が来たアリヤのDJがまたすごかった。


あんな酔っぱらったかのようなMCの後に彼女が繰り出したのは、ゴリゴリのハードコアテクノ。

怒涛のハードコアテクノ連発に、オーディエンスの盛り上がりは最高潮に達した。

その盛り上がりようは、彼女の前にプレイしたDJ全員がかすむのでは、と思えるほどだった。


しかし、幸いなことがあった。

イベント後、アリヤとマキは、主催者のマルチェロとその娘、つまりアリヤの友人ソフィアから、声をかけられた。

11月に東京の大バコで開催される、イタリア人スターDJの来日パーティーに、オープニングアクトとして出演しないか、とオファーを受けたのだ。

アリヤとマキのパフォーマンス(DJだけでなく、それ以外も含めて)とキャラクターを、二人はいたく気に入ったらしい。

もちろん、アリヤもマキも快諾した。


イベントが終わってから、二人はカフェで打ち上げをした。


「・・・アリヤ、イベント中のMC、あーゆーのはさ、ちょっと・・・。

集中力、削がれまくったわ!・・・」


「まー、ええやんの。

結果、すごいいいオファーももらったし。

東京のBOMBよ。

あたしらがプレイできるなんて、めったにない大チャンスよ!

今回もエラい盛り上がったし、結果オーライ、ってことで、ええやろ?」


「・・・んー、それはそやけど・・・。

なんかモヤモヤするなー・・・」


アリヤは、くすっ、と笑って、

「まー、マキは繊細でシャイやからなー」

と言う。


マキは、

「もうー、シャイって言うな!

・・・あたしとユウタのことばっかネタにしてるけどさ、アリヤはなんでカレシ、作らないねん?

アズミとか、どうなん?

前にも言ってたやん、アズミ美しいって。

アズミも、アリヤのこと美人って言うてたし。

お似合いやと思うけどなー、二人」


アリヤはマキの言葉を聴くと、ちょっと醒めた表情になって、


「・・・あー、アズミはね、あたしには興味ないと思うよ」


と言った。


え?

とマキは思った。

なんで?


しかし、アリヤはそれ以上この話題には触れず、


「・・・そんなことよりもさー、さっきのあたしらの前のDJのプレイさ・・・」


といった感じで、今回のイベントの話、11月の東京のイベントや、来日するイタリア人DJの話を熱っぽく語り続けた。

なので結局、マキの疑問は宙ぶらりんになったまま、アリヤとのおしゃべりは終わった。




その数日後。

大学の文学部のカフェラウンジ。

マキとユウタ、そしてアズミがいっしょにいた。


アリヤは経済学部なので、今は別のキャンパスで講義を受けていて、ここにはいない。


「・・・もー、ほんと参ったわ、あんときのアリヤにはいろいろと・・・」

思い出しながら、マキがむっとした顔でしゃべった。


「・・・まあでも、よかったんやない、盛り上がったみたいやし。

二人は東京で大物DJといっしょの舞台でプレイできることになったんやし。

すごいことやん。

二人とも、超ラッキーやよ」

アズミが慰めるように言う。


「・・・うーん、でもな、アリヤにうまくしてやられた感じ、っていうか・・・。

なんかモヤモヤする、っていうか・・・」


ユウタは笑いながら、

「ま、全体として、今回の主役はアリヤとマキやった、ってことやな。

オレも見たかったよ」

と言うと、マキは、


「いやいやいやいやいやいや!

絶対見せたくない、特にユウタには!!」


と顔を真っ赤にして叫ぶ。

続けて、


「あたしらのことばっかネタにされたけど、アリヤもすごくきれいやし、なんでカレシいないのかな、って思うわ。

もしカレシがいれば、そしたらあたしが、アリヤのことMCで思いっきりからかってやれるのに・・・。

・・・アズミ、アリヤどう?

二人なら、美男美女コンビですごいお似合いやと思うんやけどなー」


マキがそう言うと、アズミはちょっと困ったような顔をして、


「・・・あ、ああ、えーと、それはね・・・」


と言って、それきり口をつぐむ。


マキは再び、

ん?

となった。

マキの頭にまた疑問が浮かぶ。


「・・・マキ、もう10分で2時15分やぞ」

とユウタが冷静に言った。

マキが、あ、と声を出して席を立つ。


「じゃ、次の講義、行ってくるわ。

じゃね、アズミ!

ユウタ、また4時過ぎに!」


マキは出入口に向かって小走りで行った。




ユウタが、一息大きな息をつくと言った。

「・・・ま、二人の東京の大バコオファーは、アリヤのおかげ、って部分が大きいやろな」


「でも、よかったやん。

二人にとっても、すごく大きな経験になると思うよ」

アズミも、ほっとしたような表情で言った。


「まあな。

・・・ま、あの二人なら、うまくやれるやろ」

ユウタはそう言って、そしてアズミに訊く。


「・・・で、アズミ、話って?」


アズミは真顔になって、ユウタの真向かいに座り直した。


「ごめんね、ユウタ。

わざわざ時間取ってもらって・・・」


「いや、オレはちょうど空いてる時間やから、全然だいじょうぶやけど。

・・・あの、アズミが出てる、もう一方のイベントの関係?」


「・・・そう。

ちょっと・・・その・・・主催者とさ・・・」


「・・・そういえば、このイベントって、ゲイパーティーなんやってな?」


アズミがびっくりしたように顔を上げた。

顔を赤くして、ユウタを見つめる。


「・・・え・・・なんで知ってるん?」


「いや、アズミが梅田のRed Lipsで2か月に一度の土曜、って言ってたやん。

やから、どんなパーティーか、自分で調べた。

そしたら、該当するやつがゲイパーティーの「Pink Love」だけやったから」


アズミは気を落としたように、声を低めて、


「そうやねん・・・。

別に、 みんなに隠そうとしてるわけやないんやけど・・・。

ぼく・・・オレの周りも、この大学も、そういう人で、明らかにみんなにカミングアウトして、わかるように振舞ってる人、少ないやん。

やから、やっぱりそういう人の集まるパーティーに関わってるってこと、なんか言いにくいな、って思って。

訊かれない限り、はっきり言わんといたほうがいいかな、って思って・・・」


ユウタは、アズミにやさしく諭すように言った。


「オレには隠さんでも、全然だいじょうぶやぞ」


そして、アズミに顔を近づけて、周囲に聞こえないように声を落とした。


「・・・それと、もののついでに訊くけど、アズミ自身、そうなんだよな?

LGBTQ」


アズミは、さらにびっくりして、もっと顔を赤らめた。

「・・・なんで知ってるの!?」


ユウタは、やっぱり、という顔をして、


「いや、知ってるわけやない。

アズミの今までの言動から推測して、もしかしたら、と思って訊いてみただけや。

やから、意外とは思わん」


アズミは、しゅん、とした様子になった。

「・・・やっぱり、ユウタ、するどいね・・・」


ユウタはやさしい笑顔になって、アズミに言った。


「アズミ。

オレには隠さんでも、全然だいじょうぶやで。

オレは性的嗜好で人を差別するような人間やない。

そもそも、ハウスミュージックと言えばゲイ、に決まっとるやろ?(注1)

ゲイを嫌いでハウスDJがつとまるか!? ってことさ」


アズミは顔を上げた。

少しほっとした表情にもどった。


「・・・ありがとう、ユウタ。

理解してくれて、うれしいよ」


「アズミがゲイであっても、オレとアズミの仲は今までとなんら変わらない。

やから、心配すんな。


・・・ところで、アリヤは知ってるのか?」


「・・・うん。

実は、少し前にアリヤとデートしたんや。

あちらからのお誘いでね。

で、好意も伝えてもらった。


けど、ぼくはこういう性的嗜好やから、って、正直に話した。

アリヤは理解してくれたよ。

残念には思ったかもしれないけど」


「そういうことか・・・。

まあアリヤは、こういうこともちゃんと理解できる子やから、だいじょうぶやと思う。


・・・で、話ってのは?

そのイベントの主催者が、どうしたん?」



(注1:「ハウスミュージックと言えばゲイ」

1980年代、ハウスミュージックを専門にプレイするクラブの多くが、ゲイや黒人、黒人のゲイなど、当時カミングアウトして遊べる場所が少なかった性的マイノリティの人たちが通うたまり場であったことを指す。

NYのパラダイス・ガラージ、シカゴのウェアハウスなどが代表例。

ちなみに、これらのクラブのレギュラーDJであったラリー・レヴァン、フランキー・ナックルズも、黒人ゲイである。)



アズミは、少し話しにくそうにしていたが、やがて口を開いた。


「・・・『Pink Love』の主催者ニシキ、彼はDJでもあるんやけど、彼とぼくは、今いちおう恋愛関係にある。

イベントに参加し始めてから、わりとすぐに。

お互い、趣味も合うし、ぼくのDJも高く評価してくれている。

・・・で、彼から言われてるんや、うちのイベント専属になってくれんか、って・・・」


「と、いうのはつまり、『Four Layers』を辞めて、そちらだけにしろ、ってこと?」


「・・・そう。

今後、『Pink Love』は、もっとペースを増やしていきたいと、ニシキは思ってる。

月2回ぐらいやっていきたいんで、今のように2つのイベント掛け持ちやと、今後スケジュールがバッティングしたりすることが起こり得る。

やから、『Pink Love』専属になってもらえんか、とね。

・・・正直、彼には、ぼくを独占したい、という気持ちも多分にあると思う」


「・・・なるほど。

ちょっとデリケートな問題やな」

ユウタが、腕組みをした。

少し考えているような顔をしている。


アズミは、

「ぼくからも、それは無理だ、今まで通り両方やらせてほしい、と何度も話してるんやけど、彼もなかなか強情でね。

言うことを聞いてくれないんや。

で結局、これは『Four Layers』のリーダーであるユウタと、ニシキで、直接話し合ってもらうしか、解決法がないかなと思って。

それで・・・」


「そうか・・・。

確かに、アズミの言う通りやと思う。

その、ニシキくんとオレが話し合うほか、解決策はなさそうやな・・・。


わかった。

ニシキくんと会うよ。

日時場所、設定してくれるか?」

いくつかこちらの都合いい日、教えるわ。

その中から調整できるかな」

ユウタは、なるべく明るい調子になるように気をつけながら言った。


「ありがとう。ごめんね、めんどくさいことをお願いして」

とアズミが言うと、ユウタは、


「いや全然。

イベントにいろいろ出てると、こういうことも起こり得るやろ。

ニシキくんとは、可能な限り友好的に話すようにするから、気にすんな」


「・・・それなんやけどね。

ニシキ、けっこうアグレッシブなところのあるやつなんで、そこは念頭に置いてもらったほうがいいかと・・・。

決して、けんかっ早い、ってわけではないんやけど、正直、強情な部分もある」


ユウタはシートから身体を起こして、


「・・・余計な心配かもしれないんやけど、アズミ、彼とは、その、恋愛のほうは、だいじょうぶなんか?

ケンカになったり、してないか?」


ふと心配になって、思わず訊いた。


「・・・そこもね・・・いろいろある、正直言って・・・。

・・・でもそこは、心配しないで。

ぼくとニシキの間のことやから」

アズミは、少し暗い表情になって、うつむきながら応えた。


「わかった。

ごめんな、プライベートなことに踏み込んで」


「いや、全然。

ユウタがぼくのことを心配してくれて、うれしいし、感謝するよ」


「・・・いずれにしても、まずはニシキくんに会ってみてからやな」


「そうやね」


ユウタとアズミは、二者会談の予定と、話の方向性について話し合った。

3時半過ぎに、アズミはユウタに礼を言って別れた。




夕方、ユウタはマキと落ち合った。

大学からの帰り道。

二人は道中にある公園に寄った。


ベンチに座ると、マキがユウタに言った。


「・・・なんや疑問に思うてるんやけどさ、アズミとアリヤの仲って、どうなんやろう?」


ユウタは、やっぱり来たな、と思った。

落ち着いた表情でマキに話した。


「・・・その話な。

結論から言うと、二人の間には何もない」


「そうなん?

なんでやろ?

二人、前にお互いに美人とか美しい、って言い合ってたし、なんで恋愛関係にならんのやろ?

シャイなあたしらとちがって、あの二人なら、もっとフランクにどんどん話進められると思うんやけどなー」


ユウタは、慎重に言葉を選びながら言った。

「・・・あのな、そういうことやないんや。

これはな・・・けっこう繊細な問題や」


「ん?

繊細な問題?

・・・どういうこと?」

マキはひたすら不思議そうな顔をしている。


そりゃ無理もないよな。

ユウタはそう思いながら、注意深く話した。


「要するにな・・・。

アズミは、恋愛の対象が女性ではない。

男性や。

つまり、LGBTQなんだ」


「え?」

マキが目を丸くした。

そして、

「そうなん・・・?」

と、もう一度念を押すかのように言ってから、しばらく黙った。

ちょっとした衝撃を受けているようだった。


やがて、


「そうか・・・。

そういうことか・・・」


と、ひとりごとのようにつぶやいた。


そして、再びユウタを見て言った。


「・・・実はね、アリヤにもこないだ、イベントの後に訊いたんよね。

アリヤ、アズミと付き合えばいいのに、って。

そしたら、アリヤが言ったの。

『アズミは、あたしには興味ないと思うよ』って。


そんときはあたし、どういう意味やろ? って思った。

さっきのアズミの反応も、なんか変やったし・・・。


でも、これで全部がクリアになったわ。

アリヤも、知ってたってことか」


「ああ、アリヤは知ってる。


・・・で、マキに今話してることは、アズミにも確認した上で話してる。

アズミはこう言ってた。

マキには近いうちに自分からちゃんと話すけど、先にユウタから話してもらっても全然かまわない。

むしろ、ユウタのほうが、自分よりうまくマキに説明できると思うから、いいかもしれない、ってな」


「そうなんや・・・。

・・・ユウタは、このこと、アズミから聞いたの?」


「ああ。

正確に言うと、オレからアズミに、おまえLGBTQなんだよな? って訊いて、彼が認めた、って感じ」


「・・・ユウタはさ、やっぱりするどいよね、こういうこと」

マキが、感心したように言った。


「んー・・・。

なんか、わかっちゃうんだよな。

若いときから、同性愛の人って、見ててなんとなくわかっちゃう。

オレ自身、高校のときにも同級生のそういう人から、悩み相談受けたりしたこともあるし。

オレが告られたこともある。

もちろんオレからは断ることしかできなかったけど、な。

その子には申し訳なかったけど」


「そなんや・・・。

でも、わかる気がする。


ユウタって、そういう、なんかさ、おとこおとこしてないっていうか、男っぽ過ぎない、っていうか。

やさしい感じやし。

やから、そういう人にも警戒されないし、好かれるんやろね、きっと。


あたしも、ユウタのそういう部分、好きなのかも」


マキはそう言って、ユウタの腕に自分の腕を回した。

ユウタはマキと手をつなぐ。


ユウタはマキを見て、にこっと微笑む。

マキもうれしくなって、ユウタに微笑み返す。


「今な、アズミが出てるもう一つのイベントがあるやろ」


「あ、なんか出てるらしいね。

梅田のクラブやったっけ?

くわしいことは知らんけど」


「あれ、ゲイパーティーなんや」


「そうなんや!

知らんかった」

マキはまた目を丸くして驚いている。


「で、今、そこの主催者から、アズミがこっちを辞めて向こうのイベントに専念してくれ、って言われてる。

かなり強く要望されてるそうなんで、それで、オレとあっちの主催者が話し合いすることになった。

来週の水曜日の夜に、梅田で会う予定や」


「へえ!

トップ会談か!」

マキはそんな言葉を使ったが、別にふざけたつもりはなく、単純にそんな状況に驚いているだけのようだ。


ユウタは続ける。


「まあ、平和裏に決着することを祈るけど、情勢がどうなるか、今のところまったくわからない。

ただ、こっちもケンカ腰にならないよう、それだけは気をつけるつもりやけど」


「そこは、ユウタはだいじょうぶっしょ。

あたしは全然心配しとらん。

ただ・・・」

と、マキの言葉はそこで途切れる。


「・・・・ん?

ただ、なんや?」


「問題は、相手がどんな人か、そこよね・・・」


マキは向こうの植え込みにに立っている木を見つめながら、ちょっと心配そうに声を落として言う。


「・・・まあ、そうやな。

相手の性格は、今んとこ全然わからんから」


ユウタはそう言って、あーあっ、と伸びをした。

アズミから聞いたニシキの性格については、マキを心配させたくないと思って、言わなかった。


マキはユウタの腕をつかんで、ユウタをじっと見つめた。

そして真剣な顔で言った。


「・・・気をつけてね。

あたしが言うまでもないかも、やけど・・・」

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