ギムレットの英雄伝説 ~剣聖と賢者の間に生まれた僕、親に反発して魔法剣士になる~

橋本洋一

第1話プロローグ

「だから! 何度も言っているだろう! ギムレットは剣士になるんだ!」

「あなたも分からず屋ね! ギムレットは魔法使いになるのよ!」


 また始まったよと僕はうんざりした。

 同じ屋根の下に暮らしているんだから、仲良くやればいいのに。

 そう考えつつ、僕は英雄たちの生涯が書かれた物語を読む。


 史実から伝説になりつつある勇者――彼はどんな逆境にも負けなかった。

 何万の魔物に対しても怯えたりせず、笑って迎え撃ったと聞く。

 いつか僕もそんな英雄になれるだろうか?


 そんな益体のないこと考えつつ、僕は荷物の中に本を入れた。

 それから足りないものはないかと確認して――うん、大丈夫だ。

 時刻は真夜中。そんな時間に荷造りする理由は一つ。

 僕は家出をするのだ。


 下の階から言い争う声が聞こえる。

 家出の理由はそれだけじゃない。僕は――魔法剣士になるために家を出るんだ。

 それも剣聖と呼ばれたお父さんや賢者と呼ばれたお母さんに負けないくらいの伝説を作るためだ。


 このままだと剣士か魔法使いにされてしまう。それはごめんだった。

 適当な騎士学校か魔法学校に入れられるくらいなら、家出したほうがマシだ。

 だからお父さんとお母さんと使用人たちが寝静まってから動く。

 それまで退屈だから、僕は今までのことを振り返ることにした。

 荷物の中で一番取りやすい場所に仕舞っていた日記を読む――



◆◇◆◇



 僕が九才のときだった。

 まだ分別のついていない――今でもそうかも――年頃だったので、お父さんが危険だと言っていた森に入って遊んでいた。


 親の言いつけに背いてはいけない。そんな単純なルールを守れなかったツケはすぐさま払われた。

 大きな大きな魔物に襲われてしまった。

 覚えたての剣術や魔法なんか効かなかった。

 喚きながら逃げても、子供の足だからすぐに追いつかれた。


 もう駄目だと思ったとき。

 僕を助けてくれた人がいたんだ。


「子供を襲うような魔物は――倒さないとな」


 両手にナイフを持った狩人さんは、あっという間に魔物の首を獲った。

 そのとき、見たんだ。

 刃が触れていないのに、斬れていた――


「さてと。坊主、大丈夫か?」


 その狩人さんは僕に手を差し伸べた。

 手を取って立ち上がると「もう二度とこの森に入るなよ」と怒られた。


「危険な魔物がうようよいやがるんだ。坊主ぐらいだったら丸飲みにされちまうぞ」

「……ごめんなさい」


 狩人さんは「森の出口まで送る」って言って、僕を背負ってくれた。

 出口までの道中で「おじさん、あのさ……」と切り出した。


「うん? どうかしたか?」

「ナイフ、触れてないのに。どうして斬れたの?」

「へえ。よく見えていたな」


 狩人さんは感心してくれた。

 そして「ナイフに魔法を付与したんだ」と笑った。


「聞いたことない……すごいねおじさん!」

「まあ坊主が聞いたことないのは当たり前だ。大陸の新しい技術だからな」

「大陸? ミードガルドじゃなくて?」


 狩人さんは「世界は広いんだ」と僕をワクワクさせることを言った。


「坊主が知らないことや見たことがないもの、それにいろんな人がいる」

「そうなんだ……! 世界って凄いんだ!」

「ま、そうは言っても、俺は魔法剣士のなりそこないだけどな」


 そこで狩人さんから魔法剣士のことを聞いた。

 剣技と魔法を組み合わせて戦う、格好いい人たち。

 僕は幼心に憧れてしまった。


 お父さんやお母さんが言い争っているのは僕の進路についてだ。

 二人とも、自分の道を歩ませたいらしい。

 だけど僕は、魔法剣士になりたかった。


 狩人さんと別れてからも魔法剣士のことを調べた。

 どうやら一握りの人間にしかなれないという。


 僕が憧れた勇者は、こんな言葉を残している。


『憧れを憧れのままでいられなかったから、俺は勇者と呼ばれた』


 僕もいつか、魔法剣士になる。

 そう心に決めた――



◆◇◆◇



 そして十五才の今、僕は屋敷を出て一人暗い道を歩いている。

 腰には一振りの剣。荷物の中には魔導書があった。

 お父さんやお母さんには悪いと思うけど。

 僕は憧れた魔法剣士になりたいんだ。


 きっと、僕が出て行ったことで大騒ぎするだろう。

 お父さんは怒って、お母さんは泣くだろう。

 それでも僕は歩み続ける。


 ミードガルドを出て目指すのは海を越えた大陸。

 この平和な島国にはいない大きな魔物が出るだろう。

 それでも僕は、魔法剣士を目指す。


 期待と不安に心を奮わせながら。

 僕は朝日が昇る方向へ歩いていく。

 これから始まるんだ、僕だけの冒険が――

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