今日も今日とてゾンビを駆除する

緑窓六角祭

[1] 出動

 昼飯に弁当かっくらってのんびり緑茶を飲んでいたところ事務所の電話が鳴った。手を伸ばしてひょいと受話器を取り上げれば警察署からで一軒家にゾンビが発生したから駆除して欲しいとのこと。

 数は1。依頼主が久しぶりに近所に住んでる義父を訪ねたらゾンビ化してた。よくあるパターン。発見者が慌てて外に逃げ出してから施錠したためゾンビが住宅地にさまよい出てくる恐れは今のところなし。


 タカハシさんを連れて軽トラで出動。正直まったく急いだものではないが(経験からして1日ぐらい放置してても何の問題もない)現場に直行する。

 といってもこちらは民間業者だから信号を無視することなんてできない。スピード違反もしない。交通法規をきっちり守って目的地に到着した。


 依頼主の40前後のおばさんが家の外で待っていた。幸い大きな騒ぎにはなっていない模様。通りがかる人がちらっと視線をよこしてくる程度。面倒が少なくていい。

 しかし依頼主の機嫌があまりよろしくないようだ。ぎんとこちらを睨みつけてきた。まあ親戚がゾンビになって家の中で暴れてるとなれば、気分のいいやつなんていない。


 第一声、遅いと文句を言われる。

 彼女からすれば緊急事態なんだろう。それで警察署に電話をかけたところ、よくわからない他所に回されて、しかもそいつらは軽トラでおたおたやってきたもんだ。不満を抱くのもわからなくはない。

 ただ人の多いところを自由にさまよっているわけでもないゾンビ1体というのは、日々ゾンビに接している側からすればなんでもない事態で、後回しにできるなら後回しにしたいぐらいの話だ。

 それからこちらは小さなゾンビ駆除業者であって行政への苛立ちを向けられてもどうしようもない。


 日本で最初にゾンビが確認されたのは5年前だ。当時はかなり話題になって連日連夜ニュースに取り上げられていたように覚えている。

 確かにあの頃は何が何だかわからないことが多すぎて対策も定まっていなかった。結果たくさんの人がゾンビになったり死んだりした。

 混乱の最中においては政府は何をやっているんだと怒りを感じたものだが、今になって思えば仕方のないことだった。ゾンビなんてそんなファンタジックなものがいきなり出てくるなんて想定外にすぎる。


 その後はまあだんだんとゾンビの生態がわかってきて騒動はおさまっていった。今でもそれ関連のニュースは毎日報道されているが、数ある話題の1つといったところに落ち着いている。

 沈静化したとはいうもののすべてが前の状態に戻ったというわけでもない。

 ゾンビに占拠された地域もあって、その封じ込めに行政は追われている。そんな中、5人にも満たない超小規模なゾンビ発生事例は民間に任せることになって、ゾンビ駆除業者は誕生した。


 ニュースを見てればそのあたりのことはわりと常識かもしれない。興味がなければ詳しくなくてもおかしくはないけれど。

 依頼主からざっと情報を聞き取り、警察署から聞いた話と一致している。料金について確認すれば金とるのかと不満顔。補助金も入ってることだしかなり格安なんだがこれもよく見るリアクションだ。

 市街地でゾンビが暴れてるとか行政からの依頼であれば料金はそっちもちだが、私有地内なら基本的に依頼者が全額支払うことになっている。面倒なのでそのあたりのことはきっちり周知されて欲しいところだ。


 カーキのつなぎにゴーグル、マスク、軍手を装備して準備完了。

 軽トラの荷台から僕はさすまたを、タカハシさんは金属バットを取り出した。僕もタカハシさんもそれなりに慣れている。どちらがどちらの仕事をやっても問題ない。

 依頼人から鍵を預かる。近くにいられるともしもの時に困るのでそのまま下がっていてもらう。タカハシさんが先行、すばやく玄関扉の鍵をまわしてから距離をとった。


 10秒ほど待つ。反応なし。

 ゾンビの知性は下がっているとはよく言われることだが、やつらも扉ぐらいは開いてくる。出会い頭に衝突するのはよろしくない。なるべく距離は取っておきたい。

 慎重に事を運ぶ。タカハシさんは僕の方を見て深くうなずくと、今度は扉を開け放ってそれからまた後ろに下がった。その向こうにはなんてことない一般住宅の形式がつづく。


 再び待ったがゾンビは出てこない。どうやら敵は玄関付近で待ち伏せしてたわけではなかったようだ。

 正確に言えば彼らが何かを考えた上でこちらを迎撃するための行動をとるといったようなことはない。待ち伏せになったとすればそれは偶然で外に飛び出そうとしていたところにこちらが扉を開けてしまっただけだ。

 ただしそれでも脅威は脅威で、感染の危険性を考えたら、こちらは十分に注意して対処しなければならない。


 ゾンビは感染する。

 感染経路ははっきりしてはいないが少なくとも空気感染といった非接触型の感染ではないらしい。現時点で一番疑われているのは血液感染で、ゾンビの体液をなんらかの形で内部に取り込んだ場合、ゾンビに感染する可能性が高いという話だ。

 ので対策としては極力肌を露出しない、それからゾンビからなるべく離れることが推奨されている。不意打ちだろうとなんだろうと人間側は一発もらったらほぼ終わりなのだ。

 どんなに用心しても用心しすぎることはない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る