社畜おじさん、仕事を辞めて辻ヒーラーになる。

七渕ハチ

第1話 Welcome to Deep Antique Online

 大学を卒業して社畜になること十年。夢を見るのも諦め惰性で買い続けていた宝くじが当たった。そして、その翌日に会社を辞めた。


 清々しい気持ちになったのも一週間。徐々に焦燥感のような気持ちが湧いてくるのだから不思議だ。どこか世間に置いていかれたようで、浮かれて出前を取るのもやめ久々に自分で料理をしてしまった。


 一日中家でごろごろする以外にやることもなく、第二の人生とネットで検索する始末。それも五十代からや定年後の語句がヒットしてどうしていいか分からなかった。


 その時に、ふとアニメのキャラクターが使われている広告が目に入った。クリックしてみると期待のVRMMOという文字が躍り出て、近日サービス開始と横からスライドしてきた。


 VRMMOと言えば没入型コンテンツの一つ。人生でゲームにはあまり触れてこなかったけれど、暇だから新しいことを始めてみるのもいいかと思い、勢い任せについ通販でゲーム機を注文してしまった。


 値段は七万円と子供が遊ぶには少々高い。第二の人生に関連づいて出てきたことを考えれば、大人を巻き込んでの商売だろうか。ゲームへ熱中した世代に再び遊んでもらおうとの思惑が見て取れた。それも自分には当てはまらないのだが。


 ゲーム機を注文して一日後、住み慣れた安アパートに宅配が届く。一般的なサラリーマンの生涯年収以上の額が通帳にあっても、なぜかここから引っ越しする気にはなれなかった。


 早速、段ボールの箱を開けて中身を出す。ゲーム機のパッケージにはネットで見たアニメキャラが描かれていた。プリインストール済みと書かれているため、面倒な作業は必要ないようだ。


 布団に寝転んでヘッドマウントディスプレイ型のゲーム機を頭にかぶる。スイッチを入れるとディープ・アンティーク・オンラインというタイトルのアプリが表示された。


「このカウントは……」


 三分から二分にカウントが下がる。なるほど、まだサービスは開始されていなくて今日からだったのか。あまり考えずに始めた結果、先走った感じになってしまった。暇と言いながら少し楽しみにしていたのは否めない。


 他に用事をして時間をつぶすでもなく、アプリを起動して流れるオープニングムービーを眺める。右上にカウントダウンの表示が移って、DAOとタイトルの略称であろうロゴが一緒にうねうね動き出した。


 ムービーを見た限りでは古き良きファンタジー風味を目指しているように思える。ゲームをしてこなかった人間でもそう感じるのなら、懐かしい思いに駆られる人は多いに違いない。


 長かった三分のカウントダウンが終わって意識が切り替わる、酔いに似た感覚が身体を走り抜けた。



≪Welcome to Deep Antique Online≫



 シンプルな演出と共にふっと重力が戻って地に足がついた。


「図書館か」


 えんじ色のカーペットと円形に配置された本棚、二階三階と続く階段のグラフィックが上に伸びていく。今の技術であれば一気に表示できるはずなのに、と野暮なことを考えながら目の前にあるカウンターへ向かうことにした。


 よくある映像媒体へのダイブよりも世界をはっきり感じられる。没入型のゲームはここらへんがすごいと聞いていたけれど、体験してみると納得だ。


 カウンターの上には一冊の本が置かれていて、触れようとしたところで勝手に開く。そこにはプレイヤー名を入力してくださいとの文言が書かれていた。


「おっと」


 目の前に入力画面が出る。そういえばプレイヤー名をまったく考えていなかった。本名の中野でいいかと入力して思い直す。ファンタジー世界ならナカノと片仮名にした方が雰囲気は出そうだ。


 プレイヤー名の入力が終わって本のページがめくられる。次は容姿の設定だ。すぐ横に姿見が現れ、そこにはかっこいいキャラクターが映っていた。


「これは……」


 実にしっくりこない。手元に出た画面で設定できるようだが、項目が大量に並んでいる。地味な感じを出すにはどこをいじれば、と思ったら一番下にランダムボタンを発見した。


 何度か押してみるもシュッとしたキャラクターにしかならなかった。そこで横に折りたたまれた項目を発見したので開くと、二枚目や三枚目のようにランダムの傾向を選べるようになっていた。


「自分をベースにもできるのか」


 それを選ぶと姿見に背が高くなり顔が濃くなった自分が映る。何度か試して面影が残る程度に老けた無難なキャラクターで容姿の設定を終えた。


「最後は戦闘タイプ?」


 戦士や魔法使いなど、いかにもゲームらしいものが並んでいた。不慣れなことを考えればガツガツいくのは避けたほうがいい。僧侶なんて後方からの支援で良さそうだと選択してみる。



【僧侶】

『武 器』始まりの杖

『防 具』始まりのローブ

『スキル』回復魔法:ヒール



 表示されたものは初期装備のようだ。文字通りに回復をするタイプか。ゲームとはいえ誰かを助ける遊び方はいいかもしれない。



≪チュートリアルを始めますか?≫



 戦闘タイプを僧侶に決めると本が閉じてメッセージが出てきたので、了承する。




 ◇




【DAO】はじめました


 1 名前:名無しの古代人

   はい一番乗り


 2 名前:名無しの古代人

   出遅れ乙


 3 名前:名無しの古代人

   はい二番乗り


 4 名前:名無しの古代人

   ≪3

   おせーよ


 5 名前:名無しの古代人

   プレイした感じ悪くない


 6 名前:名無しの古代人

   最近グロを押し出すやつが多かったから平和で助かる


 7 名前:名無しの古代人

   前評判良かったしな

   今となっては貴重なファンタジーベースの大作か


 8 名前:名無しの古代人

   実はみんな求めてたんだな


 9 名前:名無しの古代人

   はい覇権


10 名前:名無しの古代人

   実際予約段階で天元突破してたでしょ


11 名前:名無しの古代人

   ゲーム機とのバンドル商品も結構出てるとか聞いた


12 名前:名無しの古代人

   今さら感あるけどデビューにはいいゲームかもな


13 名前:名無しの古代人

   おっさんだけど姫プレイするからよろしく


14 名前:名無しの古代人

   姫の定義とは


15 名前:名無しの古代人

   そういえばサービス開始の数日後にイベントするとか言ってなかったっけ


16 名前:名無しの古代人

   無難に対人戦か


17 名前:名無しの古代人

   無難の定義とは


18 名前:名無しの古代人

   闘争を求めるんじゃないよ


19 名前:名無しの古代人

   需要があるか反応を確かめるために色々なイベントはしていくだろうな


20 名前:名無しの古代人

   まずはスタートダッシュを決めてイベントに備えないと

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