第286話 残念、鶏じゃない
「きゃっ」
飛び掛られそうになり、短い悲鳴をあげたところで、胸元からロサが飛び出した。
べしりと、犬の鼻面に体当たりした事で、一瞬何が起きたか分からなかったように、犬が驚いて後退する。
でも、体格差はあまりに大きい。
た、体当たりだけで倒せないのでは…
といそいそマリアローゼは震える手でナイフを、装具から取り外して犬に突き出すように構えたが、ロサは躊躇することなく犬に飛び掛って行った。
ザシュッと音がして、上から黒いものが降ってきたと思うと、何処から現れたのかノアークが立っていて、更に反対方向からグランスが現れた。
木が真横に薙がれて、切り倒されたのだ。
え?剣で木が切られるって事ある?
と思って二人を見比べるが、二人は武器を構えたものの、犬への攻撃はしないし、犬からも新たな攻撃はない。
不思議に思ってマリアローゼが目を凝らすと、犬は立ち上がったままもがいて、ついにはパタリと倒れて痙攣している。
犬が動きを止めたところで、ロサが犬の顔部分から離れて、嬉しそうにぴょんぴょんと戻って来た。
そして、褒めて欲しいというように、上下に伸び縮みを始める。
「あ……あら、ロサ、凄いのね。守ってくれたのね?ありがとう、ロサ」
撫でてから抱きしめると、ノアークとグランスもほっとしたように剣を収めた。
「………凄いな、ロサ」
「スライムにしては知的ですね。まさか空気を奪って失神させるとは」
しゃがんで犬の様子を確かめたグランスが、そう告げたのを聞いて、マリアローゼは慌てて背後を振り返った。
手にしていた薬を、べったりと親鳥に塗りたくって様子を見る。
「犬にしてみれば食事をしようとしただけなのですから、わたくしが殺すのをためらっているのをロサは感じたのかもしれませんわね…何て賢くて良い子なのでしょう」
「……だが、ローゼを傷つけようとしたら、俺は殺していた」
しゅん、と項垂れたノアークに、マリアローゼは微笑を返す。
「それはわたくしも同じです。身を守る為には戦うつもりでしたもの。守ってくださって有難う存じます、ノアークお兄様」
薬を塗る為に慌てて放り出したナイフを装具に戻すと、親鳥はよろよろと起き上がった。
茶色と白の身体に土と血がついて汚れているが、命に別状はないようだ。
「近くの農場から迷い込んでしまったのね?おうちに帰らないと危険ですわ」
優しく撫でながら言うが、微動だにせずにこちらを見ている。
「言葉は通じませんわよね…あ、そうでしたわ」
以前に気になっていた事を試す時がきたのである。
従魔をテイムしたように、動物もテイムして、意思疎通がはかれるのだろうか?問題である。
マリアローゼは先程仕舞ったばかりのナイフを取り出すと、慎重に指先に刃をあてた。
「お嬢様!!」
悲痛な叫びをルーナがあげるが、ナイフを持っているのが当のマリアローゼだと余計な手出しをしたら、大きな怪我に発展するかも知れずに、手を出せずに見守るしかない。
「大丈夫ですわ、ルーナ」
宥めるように言って、マリアローゼは親鳥の嘴に指の先の血をつけ、手当ての時についた親鳥の血を口にする。
暫くすると、親鳥の身体がぐぐっと膨らみ、以前にも見覚えがある光が発生して…
少し伸びた首には竜のような鱗が生えて、尻尾もふっさりと伸び、その下には蛇がこんにちはしていた。
「ん?……え?……あら……??」
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