第285話 冒険がしたい男装お嬢様


天幕の下に戻ったマリアローゼに、早速ルーナがサンドイッチとスープを運んできた。

野外用に作られた木の盆を膝の上に乗せて、マリアローゼはもくもくとサンドイッチを平らげる。

スープは天幕の横で、調理人が温めたものを騎士達にも振る舞っていた。

いつもながら、とても美味しいのである。

燻製肉とクリームチーズや葉野菜に加えて、マスロのチーズも挟まれていて、濃厚な味のサンドイッチに、肉と野菜を煮込んだあっさり目の味のスープが良く合っている。

冷やされた紅茶も、爽やかでスッキリした味わいで美味しい。


兄達も楽しそうにもぐもぐと食べている。


「お母様、少しぼ……お散歩してきても宜しいですか?」


「ええ、構いませんわよ。皆が食べ終えるまで時間がかかるものね」


「はい。有難う存じます」


明らかに冒険と言おうとした妹を、シルヴァインが見逃す筈もなく…


「俺も一緒に行くよ」


朗らかに申し出るが、マリアローゼはふるふるっと首を横に振った。


「マリーちゃんの様子を見に行くだけですし、グランスとユリアさんとカンナお姉様もおりますので」

「それならまあ、いいだろう。俺は騎士達と運動でもしてくるかな」


身体を動かしつつ、立ち上がったシルヴァインはマリアローゼに片目を瞑って見せてから、

騎士達のいる方へと歩いて行った。

好戦的な兄なのである。


マリアローゼは食べ終わると早速立ち上がると、ルーナとノクスも連れてマリーのいる川べりに歩いて行く。

マリーは水を飲み終わったのか、熱心に草をむしゃむしゃと食べていた。


「ふふ…可愛いですわねえ……」


そんな食いしん坊な羊の背中を、ぽんぽんと撫でながら満足そうにマリアローゼは微笑んだ。


ぴぃぴぃ……


何処かからか細い口笛のような音が聞こえてきて、マリアローゼは視線を巡らせた。

暫くすると、また同じ声が聞こえてきて、少し離れた場所に小さい生き物がいるのを見つけ、

マリアローゼは急いで駆け寄った。


黄色いふわふわの、鶏の雛がよれよれになって蹲っている。


「まあ……どうしたの?親は何処にいるのかしら?」


マリアローゼが掌に乗せてその雛を観察すると、少しだけ傷がついて血が出ている。


「ルーナ、お薬を頂戴」


「はい、お嬢様」


言いながら、ルーナは持参した手荷物から薬を取り出すと、マリアローゼに手渡した。

マリアローゼは迷うことなく薬の蓋を開けて傷口に薬を塗りこむと、雛は一瞬動きを止めたものの、傷の痛みが引いたからか、ぴょん、とマリアローゼの手から飛び降りた。


「あら…どこにいくの?お母さんのところかしら?」


ぴぃぴぃと忙しなく鳴きながら走っていく雛の後ろについて、マリアローゼもちょこちょこ着いて行く。

大きな茂みのある場所に辿り着き、雛はその茂みの隙間によちよちと歩を進めている。


「何とか行けそうですわね」


子供1人通れそうな茂みの穴に、躊躇なく頭を突っ込む公爵令嬢に、さすがにルーナは制止の声をかけた。


「駄目です!お嬢様」

「でもあの子を放ってはおけませんわ!」


もそもそと身を屈めて這って行くマリアローゼを止められず、ルーナはグランスを見た。


「私は向こう側に先回りする。侍女殿はそのままマリアローゼ様の後ろを頼む」

「分かりました!」


もそもそと進んでいくと、やがて前方が開けているのが見えてきて、茂みから顔を出した所でその犬に出くわした。

雛は倒れた親鳥の近くでぴぃぴぃと鳴き、親鳥は今まで戦っていたのか、満身創痍で倒れている。

マリアローゼは慌てて穴から這い出ると、その二匹を背に庇った。


ど、どうしましょう、武器になるもの…


咄嗟に辺りを見回すが、武器になりそうなものは落ちていない。

ハッと気がついて、足に備えていたナイフに手を伸ばす前に、目の前の犬が唸りをあげた。

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