第251話 母との散歩、マリーちゃんを添えて

母の膝で眠りこけてしまっていたマリアローゼは、いつの間にか自室のベッドにワープしていた。

マリアローゼをベッドに戻して、母は部屋に戻ってしまったのかと思っていたが、長椅子に座って刺繍をしている。


「あら、起きましたのね、ローゼ」

「はい、お母様。お母様のお手手が気持ちよくて…気づいたら眠っていましたの」


言いながらふわぁむ、と欠伸をして、マリアローゼはルーナの差し出してくれた果実水をこくりこくりと飲む。


果実の酸味と、蜂蜜の甘味が丁度良い具合に混ざり合って、とても美味しい。

きちんと冷やされているのも、美味しさの理由だ。

優しげな眼差しのルーナに微笑みを浮かべて、マリアローゼは声をかける。


「ありがとう、ルーナ。とても美味しいですわ」

「はい、お嬢様。それと先ほどユリアさんと一緒に、お嬢様のボールを工房に依頼して参りました」

「まあ、嬉しいですわ、ありがとう、ルーナ」


手を握ると、ルーナは幸せそうに微笑んだ。


「ユリアさんと、カンナさんは修練ですの?」

「はい。ボールを依頼した後で、お二人とも向かわれました。もう少ししたら戻られますから、それまで、マリー様の様子を見に参りませんか?」


マリアローゼはぱちん、と小さな手を叩いて嬉しそうに言う。


「まあ!それは名案ですわ。お母様、わたくしマリーちゃんの様子を見て参ります」

「あら、でしたらわたくしも一緒に行こうかしら?見てみたいわ」


おっとりと、首を傾げて微笑むミルリーリウムに、マリアローゼはこくこくと頷いた。


「ではご一緒に参りましょう、お母様」

「ふふ、ローゼとお散歩なんて楽しいわ」


はしゃぐ二人が部屋から出ると、入口にグランスとノクスが並んで立っている。


「まあ、グランス、中に入って良いのに。それに、ノクスも、お部屋の中に居ていいのですよ?」


「お嬢様がお休み中でしたので」


穏やかに微笑むグランスに、マリアローゼは「あっ」と声をあげた。


紳士だ!

紳士がいる!!!

こんなところにいたのですか!


「まあ…紳士ですのね……」


感心したように見上げて、マリアローゼは呟いた。


周囲にいる人物は、王子達や客人はともかくとして、身内のアレコレは紳士と言い難い人々だったので、そのギャップにマリアローゼは眩暈を覚えるほどだった。

「これから、羊のマリーちゃんの様子を見に行きますの」


「ではお供いたします」


「ええ、お願い致しますね」


母と手を繋ぎながら、のんびりと使用人棟の近くにある飼育小屋へと向かう。

時折、すれ違う使用人達は挨拶をして通り過ぎるが、母の美しさに見惚れるような者も多い。

注視するのは失礼にあたるので、堂々と見惚れ続けるような者はいないが、一瞬見惚れてしまうのは分かる。

光を集めて束ねたような黄金の髪も、母だというのに未だ少女の面影を残す可憐な容姿も、大変美しい女性なのだ。


「ローゼも、お母様のように美しい女性になれるかしら」

「まあ……貴女にそんな風に思われて、嬉しいわ。わたくしは、思うのですけれど、貴女は母よりも美しいですわよ」

「いいえ、全然まだ足りませんわ。気品も、優雅さも」


そう。

何も見目形だけの問題では無いのだ。

母には優しげに見える容姿の裏で、知性も戦闘力すら持ちえている。

それに所作も美しく、優雅で華やかでありながら、慎み深さもあるという、淑女の鑑なのだ。


「すぐに追いつきましてよローゼ。今の貴女も十分、わたくしには美しくて可愛らしい完璧な淑女に見えますけれど」

「そう仰って頂けるのは光栄です」


ミルリーリウムの言葉に僅かに頷くルーナを見て、マリアローゼは気恥ずかしくなりながら、母に答えた。


そんな話をしていると、飼育小屋が見えてきて、入口付近にすぐマリーの囲われた柵があった。

ふわふわもこもこの羊のマリーは、むしゃむしゃと餌を食べている。


「まあ!元気そうねマリーちゃん。わたくしの事を覚えていて?」


頭というより首の後ろに結ばれた空色のリボンは、マリアローゼがお願いして旅の間にマリーに着けて貰った物だ。

マリーは、マリアローゼの声に耳をぴくぴくさせて、干草を食みながら視線を向ける。

マリアローゼは背伸びして手を伸ばすと、マリーの頭をなでなでとゆっくり撫でた。

そうすると、心得たようにマリーはマリアローゼの小さな手に頭を擦り付ける。


「ま…まあ……甘えているわ。可愛い……」


暫く撫で続けて、マリアローゼは漸く満足したのか、手を引っ込めた。


「マリーちゃん、領地に行ったらもっと沢山、広い所で遊びましょうね」


話が分かるのか、答えるように「べー」と一声鳴いて、マリーはまた草を食べ始めた。

マリアローゼは、満足そうにこくん、と頷いて、嬉しそうに母を振り返った。


「さあローゼ戻りましょう。そろそろ晩餐の時刻ですから、お着替えをしましょうね」

「はい、お母様」

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