第240話 取締官は厳しい


「まさか。殿下自ら掌握された方が、将来の為になるだろう。領地も権力も持たない彼らが、能力次第では高官に取り立ててもらえる可能性があるんだからな。こぞって忠誠を誓うだろうさ」


「まあ……それはそうですけれども」


どう考えても、目的はそれじゃないのがおかしい。

ジト目でシルヴァインを見ていると、髪の先にキスを落として微笑む。


「ちょっと、それ以上マリアローゼ様に不埒な真似をしないで貰いましょーかね!!」


我慢していたらしい、ユリアの堪忍袋の緒が切れて、とうとう乱入してきた。

ギリギリと強い力でシルヴァインの腕が掴まれる。


「え?この位は許される範囲だろ?」

「駄目です!逸脱してますね。マリアローゼ様取締官の私には分かりますよ!」


そんな役職、何時出来たのだろうか。


マリアローゼの髪を引っ張る訳にもいかないシルヴァインが毛先を手放すと、ユリアもやっと掴んでいた手を離した。

シルヴァインは大袈裟に肩を竦めてから、袖を捲り上げる。


「赤くなってるなあ…」

「なってませんよ。万が一なってたとしても、舐めときゃ治ります、そんなもん」


酷い言い草である。

でも、マリアローゼは思わずふふっと笑ってしまった。


「はわわあ…マリアローゼ様の笑顔、可愛らしいです。腕が赤くなった甲斐がありましたね」

「いや、俺が暴力を受けなくても、ローゼは笑うから」


窓際で本を読んでいたカンナも、視線は本に落としたまま肩を揺らして笑っている。

ルーナが紅茶を差し出してくれて、マリアローゼは受け取って喉を潤した。


「ありがとう、ルーナ。……あら?この茶葉、初めての物かしら?」

「御口に合いませんでしたか?」

「いえ、美味しいですわ。変わった香辛料が使われていそうな味ですけれど」


ルーナはこくりと頷いた。


「こちらは昨日マローヴァさんから戴いた紅茶です。ノクスと私で試飲致しましたが、香りが少し強めなので、ミルクを多目にいれてございます」

「ふふ、ありがとう、ルーナ」


「俺にも貰えるかい?」

「私も飲みたいです!」


二人の要求に、ルーナはぺこりと敬礼した。


「畏まりました」


「マローヴァさんといえば、お店の方はどうなっていますのかしら?」

「今日開店したよ」

「えっ」


それは様子を見に行くべきではないのだろうか?

目をぱちくりとさせるマリアローゼに、シルヴァインは首を横に振った。


「まだ、行く必要はないよ。午前中で品物は全部売り切れたようだし」

「えっ…そんなに人がいらっしゃいましたの?」


マリアローゼの問いかけに、ルーナから貰った紅茶を貰って飲みつつ、シルヴァインが答えた。


「宣伝はきちんとしていたしね。一般の人々より、買い付けにきた商人の方が多かっただろうけど。

まあ数日経ってから、商品を補充してまた売り出すさ。その頃には公的機関で魔道具を作った人達からの言葉で商品への期待も高まるだろうし、必要な所には必要な分先に卸してあるからね」


「そうでしたのね。わたくしも新たな魔道具について考えたので、また相談にのって頂かないと」


これ美味いな、などと紅茶を褒めながら飲んでいたシルヴァインが、マリアローゼの言葉に片眉を上げた。


「領地には二人も連れて行くといい。向こうにも魔道具工房はあるし」


マリアローゼはふんす!と頷いた。

レノとクリスタの二人を伴なっていけるのなら、大変に心強い。


「連れて行きたい人はほかにもいるのですけれど…」

「君が望むなら、父上は叶えてくれると思うよ」


こくん、と頷いて、マリアローゼは連れて行きたい人々を頭に思い浮かべた。


でも、アノス老は、旅をしても大丈夫なのかしら……。

よぼよぼのお年寄りを思い浮かべて、マリアローゼは不安に顔を曇らせたのである。

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