第236話 子供達の未来の為に

兄達の様子を見ながら、マリアローゼは改めて考えた。

可愛いとか、弟とか、割と男性にとっては気になる言葉のようだ。

キルクルス殿下が怒っていた理由も、あれは意図した上で反論を許さない形の侮辱ではあったのだけれども、多少は参考にはなったかもしれない。

不用意な事を言った双子の兄も、しゅんとしている。

貴族の嗜みは敵を作らない事ではあるが、その為には自分の力を示すという示威行為も含まれるのだ。

酷い事をすれば、しっぺ返しをくらうのである。


ただ、この時の事を切欠にして、双子がとんでもない成長を遂げるのはまた別の話である。



晩餐の後、マリアローゼはルーナやノクスを伴なって、使用人棟を訪れていた。

マスロで出会った少年、名前はロニ、というのだが、彼が使用人として働いていたからである。

驚いた事に、弟妹もきちんと揃って、個室に収まっていた。

以前、ルーナとノクスが使っていた部屋だ。

今はルーナもノクスも、マリアローゼの侍女、侍従として隣室を与えられている。


「お嬢様には感謝してもしきれません」


とロニがしっかりと、頭を下げた。

弟と妹もまるまるツヤツヤして、にこにこと笑顔を浮かべている。

頭を撫でると、照れくさそうに身を捩るのが、可愛らしい。


「良いのです。…それにしても、三人で旅をしてきたの?」

「いえ、最初は俺だけ来たんですけど、事情を話したらケレスさんが同情してくれて…

ギラッファさんが弟と妹を連れてきてくれたんです」

「まあ、ファーが……後でわたくしからも、よくお礼を言っておきますわね。

それにしても、良かったですわ。兄弟は一緒にいるべきですもの」

「はい。一生懸命お仕えします!」


マリアローゼは、こくん、と頷きながらも、自分の浅慮を悔いていた。

結果は、彼にとってこの上もないものだったし、彼の覚悟を知る上では良かったのだ。


けれど、残された兄弟は?

その事まで考えが至っていなかったのだ。

思ったよりも、教会の杜撰な孤児院運営は酷かったのに、その中に弟妹を置き去りにさせるなんて。

しかも、平和な世界ではないというのに、子供1人であの道行きを行かせるなんて。


「わたくしの考えが浅はかでしたわ……」


思わず口に出してしまって、ロニが大声で否定した。


「そんな事ないです。あの時お嬢様が、ああ言ってくれなかったら、俺は今でも孤児院にいたし、

もっと酷い目にあっていたかもしれないんです」


「……そうですわね、ありがとう、ロニ。わたくし、不幸な子供を減らせるように頑張りますわ」


くよくよしても、自分の失敗を思い悩んでもどうしようもない、とマリアローゼは前向きに考えを改めた。

運命は良い方に変わったのだ。

足りない部分は今後の糧にすればいい。

起こらなかった悲劇を思うより、それをどう防ぐか。

次回に繋げなければ失敗に気づいた意味がないのだ。


振り返ると、ルーナとノクスが微笑みを浮かべている。

帰る道すがら、マリアローゼはルーナの手を握った。

反対側はノクスの手を握り、三人で歩いて行く。

何も言わなくても、その手のぬくもりが嬉しいマリアローゼは、幸せそうに微笑んだ。

二人はいつも応援してくれるし、間違えれば意見をくれる。

大好きな二人の様に、多くの子供達が未来を生きる為に、マリアローゼは改めて頑張りますわ!と心に誓った。


マリアローゼが部屋に帰ると、そこには兄弟達が集まっていた。

妹とはいえ、一応淑女の部屋なので、中には入らずに廊下で待っていたのだ。


「まあ、お兄様達、お待たせをして申し訳ありませんでした」

「いや、そんなに待っていないから気にしなくていいよ」


シルヴァインが笑顔で言うので、マリアローゼはにっこりと微笑んだ。


「お兄様達とまたお勉強が出来るのは嬉しいですわ」


すっかりと頭から抜け落ちていた習慣に、改めてマリアローゼは家に帰ってきた事を実感していた。

何気ないけれど、大切な時間なのである。



「明日はもっとお手紙を書かなくては…」


ふああ、と欠伸交じりに幸せそうな顔でマリアローゼは呟いた。

今日はマスロの商業ギルドの支部長のエリーゼに、薬草の栽培の件についての手紙を出したし、

レスティアの冒険者ギルドのマスターにも、お礼と無事に到着した旨を書き綴った。

その後は晩餐やロニとの話、勉強会と続き、手紙は書けなかった。

書かなければいけない宛先を考えつつ、マリアローゼは眠りに落ちていった。

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