第216話 騎士が生きる理由

「お久しぶりです、マリアローゼ様」

「お会いしたかったですわ、グランス。お話の前に、おかけになって」


妹の話を聞いても倒れたりはしないだろうし、父からも話は聞いているかもしれないけれど、

落ち着いた状態で話を切り出したかった。

とても、辛い話なのだ。


「わたくし、アニスさんを助けると申し上げましたのに、何もお力になれず、申し訳ありません」


「そんな、お嬢様は何も悪くありません。既に、妹は………。

何も気づかずに、あのまま従っていれば、何れ身を滅ぼしたでしょう。

例えそうなっても、悲しむ者はいませんが」


苦笑するグランスの顔は寂しげで、マリアローゼはとことこ近づくと、膝に乗せられていた手に小さな手を重ねた。


「いますわ」


「いえ、たった一人の肉親でしたので…」


グランスが困ったような顔をする。

それを聞いてマリアローゼはふるふるっと首を横に振った。


「肉親ではございませんけれど、わたくしは悲しみます。だから、悲しむ者はおりましてよ」


「……どうして、お嬢様は、そこまで良くしてくださるのですか?何故そんなに優しく…」


言葉を詰まらせて、グランスが俯く。

だが、マリアローゼにとっても、グランスは命の恩人だ。

彼の助力がなければ、母や兄とて怪我を負ったかもしれないし、最悪死人が出ただろう。

そしてそれはマリアローゼ一行のみならず、ノアークの身にも危険や命の危機が及んでいた筈だ。

それに、彼は素晴らしい贈り物をマリアローゼにくれたのだ。

そう、熊の置物を。


「わたくしは優しくなどありません。もしそう感じるのでしたら、それはグランスが優しいからですわ。

貴方は、正しくあろうとして辛い決断をなさいました。そのお陰でわたくしも、家族も無事に帰れたのです。わたくしは返す事が出来ないくらいの大恩を受けたのですわ。

貴方があの時、わたくしが惨い決断をさせてしまった時、まだアニス様の事を知らなかったのに。

全然、優しくなんか、ありません」


ふぐっと声を漏らし、マリアローゼはぽろぽろと大粒の涙を零した。

マリアローゼだったら、家族の命を引き換えになど出来ないし、したくない。

彼はその決断を、身を切られるような思いをして、行ったのだ。


「マリアローゼ様…」


武骨な指が、後から後から零れる雫を掬うように頬に触れる。


「……恩返しをさせてくださいまし。出来るだけ願いをお聞きしますから、生きる事をやめないでくださいませ。

理由が無いのなら、わたくしを理由になさって。傲慢でしかないですけれど、わたくしはそう望みます。

グランスには、生きて、幸せになって頂きたいの」


ひっくひっくとしゃくりあげながら、たどたどしく思いを紡ぐマリアローゼに、グランスは涙を浮かべたまま微笑んだ。

大きな手で、マリアローゼの髪を撫でる。


「では、願いましょう」


マリアローゼは、こく、こく、と何も言葉に出来ずに頷いた。


「泣かないで下さい、マリアローゼ様」


「……はい、もう、泣き止みましたわ……」


すっと横からルーナにハンカチを差し出され、顔をぐしぐしと拭った。

そして、すんすんと鼻をすすり、マリアローゼはグランスを見る。


「貴女に一生お仕えさせて戴きたい。あの時、私が貴女の命を守ったと仰ってくださるのなら、

最後まで守り抜くことを、全うさせて戴きたいのです」


マリアローゼはグランスの申し出にきょとん、と目を丸くしてから、こくん、と頷いた。


「わたくしにとっては嬉しいお申し出ですけれど、グランスは…それで宜しいの?」

「はい。私は貴女を守る事を生きる理由に致します」

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