第206話 神をも殺す異端審問官

目覚めたのは夕暮れ時で、気がつくとシルヴァインとジェレイドに覗き込まれていて


「きゃああぁぁあぁ」


マリアローゼは悲鳴をあげた。


「お止めしたのですが……」


申し訳なさそうに、悲しげにルーナが言うが、ルーナは悪くない。

マリアローゼは、ふんす!と起き上がって、二人の顔を交互に睨んだ。


「乙女の!淑女の!寝顔を!見るなど!言語道断ですわ!」


「なんて可愛らしく怒るんだろうねえ…」


聞いちゃいない。

ジェレイドをキッと睨みつけるが、うっとりとした表情を向けられるだけだ。


「悪かったよ、ローゼ」


シルヴァインはさすがに、申し訳なさそうな顔で……上辺だけでも、取り繕って謝罪を口にする。


「お兄様は、許してさしあげますわ」


ふんす、と溜息をつきながら、マリアローゼが言うとシルヴァインは控えめに微笑んだ。


「僕は?」

「知りませんわ」


「あっ、知らない人でしたら不審者ですね?ユリアが排除致します」


ユリアがゆらりと立ち上がり、ゆっくりと近づいてきた。

ジェレイドの後ろからガッと羽交い絞めにすると、ずるずる引きずっていく。


「嘘だろう…君は、ゴリラなのかい?」

「マリアローゼ様の為なら、ゴリラにでも鬼にでもなりますよ」


反省の色を見せないジェレイドに、マリアローゼは声をかけずに、視界からも外す。


「ルーナ、果実水は、まだあるかしら?」

「はい、ございます。どうぞ」


まだ冷たい果実水を、マリアローゼに手渡して、ルーナも微笑んだ。


「ありがとうルーナ」


笑顔で果実水を飲み始めた所で、どうにか抜け出そうとしていたらしいジェレイドが諦めた。


「分かった!分かったよマリアローゼ。悪かった。淑女の君の寝顔を見るなんて無礼だった」

「……謝罪を受け入れますわ」


マリアローゼの言葉を聞いて、渋々とユリアはジェレイドを解放した。

チッ…と舌打ちをしながら。


「身分と言うものは何処に消えたんだろうか」

「私はマリアローゼ様の命令なら神でも殺しますよ」


恐ろしい事を即答するユリアに、マリアローゼは眉尻を下げた。


「神を殺せだなんて言いません……でも、ありがとう存じます、ユリアさん」


後半は微笑まれて、ユリアはほわわっと頬を染めて喜んだ。


「おやすい御用です!」


マリアローゼはベッドから降りて、脇にあるテーブルセットの椅子に腰掛けた。

シルヴァインも隣の椅子に座る。


「おじ…レイ様のお耳に入れるのは初めてですが、わたくしとお兄様達で商会を立ち上げようと思いまして、準備を進めているのです」

「ほう…それは面白そうだね」

「既に王都の店舗は押さえており、売るための商品も用意が整ってます」


付け足すようにシルヴァインが、簡潔に説明を加えた。

マリアローゼは初耳だった。

シルヴァインやキースが着々と進めていてくれたのだ。


「代理人になる商会の会頭はマローヴァ・ブレンセン。目端も利く腕利きの商人です」

「ああ、アイツか。……僕に黙っていたのか、アイツ」


一瞬獰猛な目付きになったジェレイドを、マリアローゼは驚いて見上げた。


「まあ、お知り合いですの?」

「ああ。学生時代のね。今度会ったらただじゃおかないよ」


長谷部といい、マローヴァといい、癖のある人と知り合いなのかしら?とマリアローゼは首を傾げた。

勝手に癖のある人で括ってしまったが、マリアローゼはまだマローヴァには直接会った事はない。


「暴力はおやめになってくださいませ。わたくしまだお会いしておりませんし…」

「そう。なら許そう。会う時は僕も同道しよう」


にっこりと満面の笑みを浮かべて言われて、断る理由もないので、マリアローゼはこくん、と頷いた。


「でも本題は商会の話ではございませんの。

元々商会の資金を元手にして、領地で孤児院を作る予定でしたのですけれど…

少し急ぎたく思いまして…でも…いえ、駄目ですわね」


しゅん、とマリアローゼが俯いた。

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