第176話 突然の釣り大会

夕刻を過ぎて、夜に差し掛かる辺りで、公爵家一行はマスロの高級な宿の前で停まった。

以前とは違う、街道沿いから湖へと下った、湖畔の宿である。


「まあ、ここは前にお食事をした宿ですわね」


嬉しそうに、窓の外を覗きこむマリアローゼの髪を撫でて、シルヴァインが頷いた。


「君が料理を褒めていたからね。さあ、降りて彼らに挨拶をして部屋に行こう」


「はい、お兄様」


脱いでいた帽子を、ルーナに髪を整えてもらいつつ被り直して、

用意の出来たマリアローゼをシルヴァインが抱き上げた。


後続の冒険者達が到着するのを待って、地面に降ろされたマリアローゼは丁寧にお辞儀をした。


「皆様、今日はここまでご一緒頂きありがとうございました。

明日は先日怪我をした冒険者さまのお見舞いに参りたいと思っております。

薬については冒険者ギルドなどで、情報を公開する予定ですので、お待ち下さいませね。


あ、あと、今日お昼に戴いたお食事の鴨は冒険者ギルドから届いた物と伺っております。

わたくしからもお礼状を書きますが、もしまた皆様がレスティアに寄られる事がありましたら、どうか、感謝をお伝え下さい」


色々な場所から頷きと、返事が、笑顔で返されて、マリアローゼもにっこりと笑った。


「明日はお見舞いの後、湖で釣りをしてみたいと思うので、お時間がある方は、一緒に参りましょう」


マリアローゼの可愛らしい誘いに、冒険者達がワッと歓声を上げた。

恐る恐るシルヴァインを見上げると、凄く暗い眼差しで見下ろされて、マリアローゼは震えた。

王都に用事があるから急ぎなのだろうと、参加しても数人かと思っていたのだ。

見たところ全員が全員参加する勢いである。


「釣り大会ですね!!!!!!」


ユリアの大興奮に触発されて冒険者がウオーーと雄叫びまで上げ始めた。


もう怖くて おにい様を みれない。


恐怖でガチガチに固まった身体は、緊張のあまり指一本も動かせない状態である。

身長差があるので、遠い筈の兄の顔がすぐ横にあって、マリアローゼは心臓が止まりかけた。


「そういう事は事前に相談するべきだと思うよ?マリアローゼ」


「も、申し訳もございません……」


愛称でなく名前呼びである。

怒ってるにしても脅えさせる為にしても、それは効果抜群にマリアローゼを震え上がらせた。


「マリアローゼ様は慣れない旅でお疲れのようですので、お部屋でお休み頂きます」


切り上げつつ、シルヴァインからも庇うように、ルーナがマリアローゼの前で冒険者達へ挨拶の最敬礼をする。

シルヴァインは諦めたように、マリアローゼを抱え上げた。


「では明日、見舞いは朝に教会で、釣りはその後湖で行うので参加する者はまたその時に。

今日は、妹の護衛に感謝する」


マリアローゼの頭を優しく撫でながら、シルヴァインはにこやかに冒険者達に謝辞を伝えた。

その言葉を聞いて、冒険者達は散り散りに帰り始める。

シルヴァインは、背を向けて宿の方へ歩き出した。

肩越しに冒険者と手を振り合うマリアローゼの背を優しく撫でながら。

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