第142話 帝国少年とのお茶会とお忍び王子

前世の記憶がある事を晒して、敬語ではない言葉で話しかけたのなら

もっと深く二人と話せるのかもしれない。

二人もより、理解が進み、話を受け入れ易くなっただろう。


「気持悪い」


などという、直球の暴言など言いたくはなかった。

穏やかに話して、婉曲的な表現で伝わるのなら、そうしたかった。


一番簡単に理解してもらえる方法は転生者という共通点を話す事なのだ。

でも、それは危険すぎてマリアローゼには選べない選択肢だ。


少なくとも神聖国において、聖女候補である二人の評判はともかく、地位はそれなりにある。

節度もなければ、言って良い事と悪い事を区別できない二人に全てを明かしてしまえば、王国に帰れなくなる可能性が高まってしまう。

いや、確実に帰れなくなってしまうに違いない。

それだけは避けなくてはいけない。


命の危険すらある特権だが、マリアローゼの出来る範囲で手は差し伸べた。

これで分かってもらえなければ、もう打つ手はない。


「お待たせを致しました」


部屋に入ると、グレンツェンとレオニード、怒りを孕んだ笑顔を浮かべる兄シルヴァインが席を立って、マリアローゼの挨拶を受けた。


「先程は、ありがとうございました。中々話が通じなかったもので…」


済まなそうに、レオニードが眉を下げる。

そして兄を気にするように、ちら、と見る素振りを見せた。

シルヴァインの怒り具合を見ても、彼らに対して何か一言は物を申したようである。


あの二人の厄介さは身を持って御存知なのに、意地悪なお兄様…


「女性同士の方が会話が進む場合もございますもの。お気になさらないでくださいませ。

 では、お茶に致しましょう」


敢えてそこは触れずに、マリアローゼは笑顔を見せた。

ルーナに目を向けると、ぺこりと頭を下げて、ルーナは部屋の隅にある垂れ下がった紐を引いた。

暫くすると、菓子と料理とお茶が運ばれてきて、従僕が給仕を始める。

一人はテースタ。

王城の有能執事で、渋オジイケメンである。


あら?どうしてここに…


とマリアローゼが疑問を浮かべるも、後ろにいた人物に流石に目を見開いた。

お仕着せをきたアルベルトがそこにいたからだ。

シルヴァインを見ると、一瞬驚いたような目をしたが、くすりと微笑んだ。

珍しく、好意的な雰囲気にマリアローゼは目をぱちぱちと瞬かせた。


「俺も、父から聖女候補に出会った際は不躾でも無言でいるように申し付けられておりましたので、申し訳ありませんでした」


グレンツェンは先程とはうって変わったように、丁寧に深く頭を下げた。

アルベルトの事は気になるが、あまりちらちら見るのも良くないので、グレンツェンに視線を戻す。

マリアローゼはにっこりと微笑んだ。


「いえ、あの場では仕方ありませんもの。

 待ち伏せなどされませんよう一応、父君を通してお誘いするようにお話は致しましたけれど。

 聞いてくださるかは分かりませんので、お帰りの際にはお気をつけになって下さいませ」


「感謝致します」

「ありがとうございます」


二人そろって礼を言って、またぺこりと頭を下げた。


「ふふ、ではお礼として、お二人とも帝国のお話をお聞かせ下さいませ。

 わたくし、いつか帝国にも参りたいと思っておりますの」


にこやかにふわりと笑うマリアローゼに、緊張の解れた二人は頬を上気させた。

元々二人の親が旧知の仲なので、面識があるようで二人は視線を交わして頷く。


「では俺から…」


シルヴァインは既に父母と共に城では社交に参加しているので、聞いたこともある話かもしれないが、

マリアローゼにとっては他国の住人が語る他国の話は初めてだ。

アノス老から聞いた話は、今では古い話になるかもしれないが、

時折質問をすると、驚いたように二人の少年も丁寧に答えてくれた。


「フィロソフィ嬢は博識ですね」

「わたくしの先生が博識ですのよ。帝国にもいらした事があって、よくお話を聞かせてもらいますの。

 山羊のように可愛らしいおじいさまなのです」


「……ああ、アノス老か」


気付いたようにシルヴァインが微笑む。

マリアローゼはこくん、と頷いて微笑み返した。


「お家に帰りましたら、また色々なお話をお聞きしたいです」

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