第139話 お嬢様のほっぺはスライムの仲間ではありません
そんな風にノクスが大変な中、マリアローゼはロサと遊んでいた。
最近忙しくて、連れ歩けない間は枕の下に隠し、連れ歩ける時は胸元の何時もの場所にいれ、夜は抱きしめるように寝ていたのだが、遊ぶ時間はなかったのだ。
マリアローゼが風呂や儀式で不在の間に、ルーナが餌も与えてくれていたので空腹ではない。
ロサは嬉しそうに動き回っている。
「ふふ、ロサ、中々遊んであげられなくてごめんなさいね」
ナデナデと優しくなでると、手の中で伸び縮みして頷くような反応を返す。
手をどかすとぴょこんと跳ねて、マリアローゼの小さな肩の上に乗って、ぷよぷよと頬に身体を寄せた。
まさかほっぺが仲間だと思っている!?
と思ったが、次の瞬間にはまたぴょこんと飛び降りて、ベッドの上のマリアローゼの手の中に潜り込む。
あら?
ロサってすべすべしてない?
今までは深く考えていなかったが、スライムは粘性の物体である。
よくファンタジーな漫画では、べちゃべちゃな濡れた身体で表現されている事も多いし、ナメクジやカタツムリのように、這った後に粘液を残すものだと思っていたが、ロサにはそれがない。
おかげで服も枕もべちゃべちゃにならないのだから、良い事なのだが、
一般的なスライムも同じなのだろうか?
今度捕まえてみる必要がありそうだ。
それに。
王都でも害の少ない小さい魔物がいるということは、
やはり程度の差はあれど、魔素やマナといわれる魔力の素が空気か何かに含まれているのだろう。
だとしたらその研究の成果次第では、危険な転用が為されるかもしれない。
もしも魔素を凝縮する手立てが見つかれば、凶悪な魔獣を城壁の中で発生させる事も出来るかもしれない。
実際には召喚と言う手法もなく、魔素だけで一から魔物を生み出すのは難しいだろうけど、魔獣や動物に与えたら簡単に出来てしまう。
対抗するには阻害する物質が必要だ。
魔物避けは錬金術や薬草でも可能だが、光の魔法にもあるかもしれない。
それを魔石にかければ…
などとぐるぐる思考していると、ロサに体当たりを受けた。
お腹や腰周りにぴょんぴょんしている。
「ごめんねロサ。考え事をしてしまって。ロサ、折角だから擬態の練習をしましょう」
ロサは言われた言葉に、のそのそと這ってマリアローゼの前にやってきた。
「そうねえ…この形を真似られるかしら?」
枕元の木彫りの熊の置物を手にとると、ロサの前に置く。
ロサはその熊を一度包み込むようにぴったりと覆ってから、離れた。
そして次は、先ほどの形を覚えたかのようにうねうねと動き、
ロサの体積分の木彫りより小さな透明な熊の置物が出来上がった。
「まああ!凄いわロサ。何て素晴らしいのかしら」
両手の上に乗せてしげしげと見詰めると、ロサは熊の手足を動かしてみせる。
「まあ、そう、そうやって動くのよ。何て賢いのかしら!」
それに非常に可愛らしい。
まるで生きているかのようなピンクの透明の熊の出来上がりである。
「ねえ、見てルーナ」
「素晴らしいです。さすがお嬢様の従魔です」
見守っていたルーナがにっこりと、マリアローゼとロサを褒め称える。
嬉しそうに無邪気に喜ぶマリアローゼの姿を見るのは、ルーナにとって何よりの幸せだ。
いつまでもこの幸福が続きますように。
ルーナは願わずにはいられない。
自分と弟を救った主人の無事と健康と幸福を。
はしゃぎすぎて眠りこけたマリアローゼが起こされたのは、シルヴァインが戻ってからだった。
「シルヴァイン様がお戻りになられました。お茶会のお仕度を致しましょう」
「うぅん…分かりましたルーナ」
まだ眠そうなマリアローゼを鏡台の前に座らせて、ルーナはまず髪を梳いて整えた。
そして、昨日選んでおいたドレスを着せていく。
今日は落ち着いた新緑のドレスで、金糸の刺繍が施されている。
同じ素材で出来たリボンを頭の後ろにサイドから寄せた髪と共に纏めて飾りつけ、
金に新緑色の宝石の嵌った髪飾りも差し込む。
首にはネックレスの代わりに緑のリボンで装飾された白のレースを飾り、
右側を蝶々結びにすると、緑に金の縁取りのブローチで留めた。
「苦しくありませんか?」
「大丈夫ですわ、ルーナ。ありがとう」
マリアローゼは立ち上がると、ルーナの前でくるりと回って見せた。
「お美しくて可愛らしいです、マリアローゼ様」
「ふふ、貴女が飾ってくれたのですよ、ルーナ」
嬉しそうにマリアローゼが笑って、応接間へと向かう。
そこは今朝までと形を変えて、茶会用のテーブルセットが据えられていて、
振り返った兄が立ち上がってマリアローゼの手を取った。
「今日もとても綺麗だローゼ」
「ありがとう存じます、お兄様」
手を引かれて、椅子までエスコートされて席に着く。
昼食はまだとっていないが、王国の茶会用のコースは割りと重い。
甘い食べ物だけでなく、軽食も含んでいるからだ。
今日は神聖国主催ではないので、公爵家の料理人がきちんと作っている。
マリアローゼの好物を揃えてくれる筈なので、うきうきとした気分で兄と微笑み合っていた。
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