第134話 いつか、恋をするのだろうか?

代わりにもうひとつ気になっていたことを口にする。


「アルベルト殿下はどうなさってますの?」


折角旅に同行していても、言葉を交わすような事が殆ど無かった。

王子殿下という身分にも関わらず、責務はこなしていながら、目立つような事は一切せずに黙々と旅に同行してくれていたのだ。


「この国にある、我が家の別荘で滞在して頂いてるよ。彼の役目はもう無いからね。ここへ来た事も「なかった」事になる」


シルヴァインは静かに言った。

一緒にいる時は兄弟のように仲良く見えるのだが、時折アルベルトに対して物凄く冷たく感じる事がある。

マリアローゼはじっとそんなシルヴァインの顔を見詰めた。

嫌いなのかと問いかけようとして、以前「嫌いではない」と言っていたことを思い出す。


「損な役回りをさせてしまいました」

「彼が言い出した事なんだから、ローゼは気にしなくていいんだよ」


確かにそうなのだが、何のメリットも無い事でそこまで尽くしてもらうと思わなかったのだ。

安全な城の中から出て、危険な目にあいながら、それ以外は退屈でしかない旅をするなんて。


「何の得もないのに、奇特な御方……」

「得ならあるよ。君を王国に留めて置けるのだから。それに父上も俺も彼には感謝している。彼は未来の王として我々から忠誠を買ったんだ。それに君の関心もね」


巻いた毛先を掬い上げて、シルヴァインがキスを落とす。

気障なそんな素振りも、兄がやると様になっている。


「確かに、してもらってばかりでは心が痛みます」

「もっと傲慢でいていいのに」


忍び笑いを漏らすシルヴァインは、11歳に見えない見た目とはいえ、色香も醸し出している。


「俺ならどろどろに甘やかして、尽くして、俺無しじゃいられないようにしたい」

「ヒェ…」


怖い。

ほんとに11歳ですか…?

そんな重い気持をぶつけられたら、相手は狂ってしまうのではないでしょうか。


と言いたいところを我慢して、小さな悲鳴をなかったことのようにこほんと咳払いをする。


「そうしたいのなら、すればいいですけれど、依存させて突然手を離すような事はなさらないで」


不幸になるかもしれない相手の為に、釘だけはさしておこうとマリアローゼは澄ました顔で伝えた。

兄は少し驚いたような顔をして、それから嫣然と微笑む。

色気が50%増した。


「していいんだ…?」

「どこにいるかも分からない幸せと不幸せ紙一重のご令嬢になら、ええ。

責任は負わねばなりませんことよ」


何処かの誰か、と言うとシルヴァインは肩を竦める。

責任、という言葉に椅子の背に凭れかかった。


「ローゼの手なら離さないと約束出来るんだけどなあ」

「お兄様が離したがってもわたくしは離しませんわよ。家族ですもの」


フフン、とドヤ顔のマリアローゼの小さな手を掬い取り、シルヴァインは手の甲に優しく唇を押し当てる。


「ローゼが家族で良かった」

「褒めても何も出ませんわ」


そうでしょうそうでしょう、と偉そうに鼻高々に胸を反らしたが、伸びた鼻をぽっきり折られる発言が続いた。


「家族じゃなかったら一生閉じ込めてた」

「ヒェ」


ぽっきりと折られた鼻と、再びの押し殺した悲鳴である。

ヤンデレもいい加減にしてほしい。


「お互いが望めば構いませんけれど、犯罪はおやめくださいまし…。

 それに妹を脅えさせる言動は、兄として如何ですの……」


「ローゼ以外にそんな風に思わせてくれる女性がいればだけどね。

 ……まあ、そんな相手が見つかったら真っ先に報告するよ」


それはある意味犯罪予告なのでは?

見つけたから、今から監禁するよ、と宣言されて何か出来る事はあるのかしら。


マリアローゼは眉を顰めて兄をジトっと見た。


「どんな場合でもまず、相手のお気持ちを考えて下さいませね。一方的に気持を押し付けるなど論外ですわ」

「嫌だなぁローゼ、そういう時は「お兄様はわたくしだけ見ていてくださらなきゃ嫌」と言わないと」

「失礼ですけれど、それはどちらのローゼさまでしょうか」


そんなマリアローゼはいない。

でもローゼだけなら何処かには存在しているかもしれないけど私じゃない。


「冷たいなぁローゼ」


と言いつつも兄は嬉しそうに笑っている。

からかっているのか本気なのか分からないけれど、マリアローゼは不思議な気持になった。


いつか誰かに焦がれるほど恋をするのだろうか。

兄も私も。

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