第132話 土偶になり損なったお嬢様
ふわふわのスポンジに生クリーム。
さくさくのパイ生地にカスタード。
苦味と甘さの同居するチョコレート。
好みの甘いものを駅ビルの中の店を巡って探しているけど見つからない。
名前を呼ばれた気がして振り返ると、制服姿の妹がいた。
声をかけようとして、急に意識が覚醒して目が覚める。
久しぶりに前世の夢を見た。
前世でもそうだったけれど、夢の中で会う妹は若いままだ。
お互い社会人になっていたというのに、何故か夢の中ではそうだった。
何をしていたんだっけ?
目を開くと、覗き込んでくるシルヴァインと目があって、マリアローゼはぎょっとした。
そう。
目の周りが浮腫んでいるかもしれないのだ。
下手したら土偶のような腫れぼったい目を晒しているのだ。
「お兄様、見ないでくださいませ」
ぎゅっと目を閉じて言うと、吐息交じりの短い笑いを漏らした兄が、優しく頭を撫でる。
「大丈夫。何時もどおり可愛いローゼだよ」
いつも褒めてくる兄の言葉だけでは信用に足らない。
土偶の中では可愛い方だよ、という意味だったらいたたまれない。
むむむ、と唸ってから腹心の侍女の名を呼ぶ。
「ルーナ、ルーナ…」
「はい、ここに居ります。大丈夫です、お嬢様。何時もどおりの素敵なお嬢様です」
言葉だけでは足りないと思ったのか、ルーナが固いものを握らせてきた。
目を閉じたまま、マリアローゼはそろそろと形を確かめると、鏡のようだった。
意を決して、目を開いて、鏡を覗き込む。
良かった。腫れてない。
土偶風味の公爵令嬢ではなかったので、安心してむくりとマリアローゼは起き上がる。
外を見れば、すっかり日が落ちていて、祝宴の時間が近づいている事を示していた。
「そろそろ用意をしないといけない時間かしら…?」
と問えば、ルーナがこっくりと頷く。
そして、小さなトレイをすすすと運んできた。
「お着替えの前に少しお召し上がりください」
小さく切られたパンの上に、野菜と肉の燻製が刻まれて乗せられている。
家の調理人が作った料理だと一目で分かって、マリアローゼはパンを指で摘んだ。
ハーブと野菜の爽やかな香りと、しゃきっとした葉野菜の歯ごたえに香ばしい肉の旨みが美味しい一品。
是非、トマトを追加したいところだが、この世界ではまだ見た事が無い。
誰かが育ててくれていそうだが、発見されていないのか、毒性がもっと高まっているのか。
悩みながらもう一つ摘んでもぐもぐと食べる。
パーティ中はご飯を好きに食べまわる訳にもいかないし、事前に食べ過ぎても動き回れない。
もう一つ手に持ってから、トレイを持っているルーナに首を振ると、
ルーナはトレイを持って兄にも差し出してから、部屋を後にした。
そしてすぐにティートローリーを押して入ってきて、お茶を入れるとマリアローゼに差し出す。
何時ものミルクティとは違って、すっきりとした後味の紅茶だ。
「ご馳走様、ありがとうルーナ」
お礼の言葉に、ルーナはぺこりとお辞儀をして、エイラを呼びに行く。
「シルヴァイン様、マリアローゼ様のお仕度を致します」
エイラがドレスを抱えて部屋に入ってきて、ベッドの脇の椅子を陣取っているシルヴァインに伝える。
早く、部屋を出ていけという事だ。
だが、手を握ったままの兄は動かない。
「お兄様がいては仕度が出来ません。ローゼの自慢のお兄様は紳士ですのよ」
紳士なら出て行ってください、と促す。
「分かったよ」
にっこりと微笑んで、漸く兄は握っていた手を離して立ち上がった。
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