第116話 幼女の失態
馬車は白亜の大神殿を抱えた王城へと入っていく。
この国に滞在する間の世話係であるユリアが、今日の午後からの予定を馬車の中で説明していた。
本来ならば、城に着いたら国主への謁見が入るのだが、
それは父母だけで良いとの事だった。
マリアローゼは明日の仕度の為に、色々と忙しくてその時間が無いのだと言う。
たかだか水晶に手を乗せるだけ…とも思うが、身を清めたり、専用の服を仕立てたり…何かと面倒な慣習があるのだ。
でもその面倒な催事を終えれば、愛しい我が家に帰れるのだから早く終らせてしまいたい。
早く終らせて、あの静かで優しい日々に戻るのだ。
神殿へと続く廊下が繋がった王宮の離れの一室に、マリアローゼの居室が用意されていた。
部屋の中には、ユリアとカンナとルーナが居て、
部屋の外には公爵家の護衛騎士と王国からの護衛騎士が詰めている。
着替えの採寸が終って、普段着に着替えて落ち着いて紅茶を飲んでいると、コンコンとノックの音がした。
「あっ!」
と慌てたようにユリアが飛び上がるように立ち上がった。
何か忘れていたらしい。
この部屋に着いてから、何故かカンナとユリアはとても意気投合してしまい、
二人で激しく語り合っていたのだ。
そう、マリアローゼについて。
取次ぎをしに扉に向かったルーナが、ユリアをちょいちょいと手招きをして、
少しだけ扉の外に出て話してから、しょんぼりとすまなそうな顔でマリアローゼの元に戻ってきた。
「あの…私の上司にあたる方が、面会を申し出ております」
「この後の予定に差し支えなければ、構いませんわ」
手にした紅茶をテーブルに置きながら笑顔を向けると、さっきまでのしょぼくれた様子が嘘かと思うくらいに、ぱああっと笑顔になって、急いで扉に向かった。
「失礼致します。お初にお目にかかります。異端審問官のハセベーと申します」
流れる直毛ストレートロングの黒髪に、片眼鏡という…何ともどこかの誰かの性癖で作られたかのような美男がそこに立っていた。
神聖教は白い礼服が多いが、真っ黒な服を身につけて穏やかに笑んでいる。
それにまた名前が…長谷部……。
「初めまして。フィロソフィ公爵家が末子マリアローゼと申します。どうぞ宜しくお願い致します」
立ち上がって、スカートを摘んで礼儀正しくお辞儀をする姿に、何故かユリアは目を輝かせている。
「どうぞ、おかけになってくださいませ」
目の前の椅子を勧められて、ハセベーとユリアは並んでそこに腰掛けた。
あっ、並んで座るんだ…
何となく…何となくだけど、上司が座ったら部下は椅子の横か後ろに立っているイメージだったので、ついつい席を立ったまま座らないカンナと、ニコニコ座ったユリアを見比べてしまった。
「うちのユリアがご迷惑をかけておりませんか?」
「いえ、とても良くして頂いておりますわ」
迷惑はかけられてないけど、心労はかけられています。
でも、それは上司の貴方の選んだ状況なのでは?
と笑顔の裏に隠しつつ、マリアローゼは如才ない返答を返した。
「そうそう、転生者というものをご存知ですか?」
「えっ?」
突然ぶっこまれてしまって、マリアローゼは驚きの声を上げてしまった。
自分がやるのはいいけれど、他人にされるのは心臓に悪い。
「いえ、存じ上げませんわ」
耳慣れない言葉だったので、聞き返した訳で驚いた訳じゃないですよ的な演技をしてみたが、騙されてくれないだろうか……。
マリアローゼは首をふるふると横に振って見せた。
「ふふ、警戒されるのも無理はありませんね。一応説明致しますと、異世界の記憶を持っている者、と定義しております。
生まれた時から持っていたり、何らかの衝撃…物理的にでも精神的にでも…受けた際に記憶が蘇ったりするものなのです」
「え、え、あの…このお話はわたくしが聞いて大丈夫なのでしょうか?
国の機密に関わるお話なのでは…?わたくしは王国に帰りたいのです」
大慌てで、割って入ると、長谷部は目を丸くしてから、ふふっと笑った。
「口外しなければ問題ありません。ユウトからも貴女の人となりは聞いておりますので」
ていうか、既に転生者だと、もしくはその知識がある事前提で話が進んでいる。
これはとてもまずいのでは。
何故こんな時にお兄様は側に居てくださらなかったのか。
お兄様ァァァァ
心の中で必死に呼んでみるが、そう都合よくはいかないものである。
せめて、訪問時に兄との同席をお願いするのだった。
完全な失態である。
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