第106話 北部貴族の少年達
図鑑好きだと思われたのだろうか。
でも実際、世界を識るには手っ取り早く分かりやすいので、好きではある。
アルベルトの選んだ本の中にあった鳥類図鑑を見て、マリアローゼはその愛らしさや生態を学んではふんふんと頷いた。
その他に面白かったのは、狩りの本である。
馬車でのシルヴァインとの会話を聞いていたのだろうか。
狩り方の他にも、動物の種類や、調理方法まで載っていたのでいつでも狩りが出来るようになった。
ような気になるマリアローゼ5歳である。
であれば、社交の話も神聖国の人々の話も、シルヴァインはマリアローゼだけでなく、アルベルトにも聞かせていたのかもしれない。
そこまで考えが至る謀略に長けた11歳がとても怖い。
昨日は、あの後部屋を出ることなく読書をして食事をして、
湯浴みをして睡眠をする何時もの暮らしぶりを満喫したのである。
今日も同じく、母はどうやら社交に出かけ、アルベルトの手助けをしているらしい。
兄は全く動向が掴めず、朝確認のようにマリアローゼに部屋から出ないようにと注意を与えて何処かに出かけた。
行き先は勿論、誰も知らない。
少なくともグランスの妹の件は、兄に頼んであるのでそれは任せても大丈夫だと安心できた。
仕方なくマリアローゼは、帝国式体操と読書で時間を過ごしていく。
のんびりと過ごしていた午後、お昼寝の時間を過ごしてお茶をしている頃、
コンコンとノックがされた。
この屋敷の侍従らしきお仕着せを来たスマートな紳士が廊下に立っている。
「お客様がお見えになりました。ミルリーリウム様にはご許可を頂いております。
テネブラエ侯爵家のサンクティオ様と、モルス様
マルモル伯爵家のラリアー様
マラキア辺境伯家のウェレーク様」
次々に紹介されて、ぺこりぺこりと名を言われる度に会釈をされて、マリアローゼはきょとんとした顔で見詰めた。
全員の紹介が終ると、ソファから立ち上がり、優雅にお辞儀をする。
「フィロソフィ公爵家が娘、マリアローゼでございます」
極上の微笑を見せられて、サンクティオとモルスは驚いたように固まり、
丸々とした体格のラリアーが見惚れてぽかんと口を開け、短髪のウェレークが目をふいと逸らした。
「どうぞ、おかけになって下さいませ」
ソファを勧められて、ふらふらと覚束ない足取りで、其々ソファに座った。
マリアローゼは迷ったが、とりあえず部屋の主なので端っこの一人椅子に腰掛ける。
「た、大変な災難に合われたとか、本日はお見舞いに伺いました…」
頬肉をぷるぷると震わせながら、ラリアーが訪問理由を告げる。
スライムみたいでもちもちしているわ…
などと頬に目をやりながら、マリアローゼはにっこりと笑みを零す。
「お気遣いありがとう存じます。お陰さまで何事も無く過ごせておりますわ」
素早くティートローリーでお茶を淹れたルーナが、順々に淹れたての紅茶を目の前に置いて行く。
それを見たサンクティオが、少し意地悪そうに頬を歪める。
「子供の侍女など未熟でお困りではありませんか?宜しければ当家の侍女をお貸し出来ますが」
「あら、わたくしたちも子供ですのに。わたくしは彼女で満足しておりますのよ」
笑いを挟んで言われると、サンクティオの雀斑顔が真っ赤になっていく。
プライドを傷つけてしまっただろうか?
でも、そこは譲る気にはなれないマリアローゼは、優雅な手つきで紅茶を口に運んだ。
「大人ぶりたい年頃なのです、ご容赦下さい」
サンクティオの隣に坐していたモルスが、代わりに謝りつつ、馬鹿にしたようにサンクティオを見る。
同じ家の出だけど、兄弟ではないのだろうか?
しかも仲が悪い?
と見守っていると、サンクティオが歯軋りをしながら、モルスを睨んだ。
「妾腹の癖に生意気な!」
「実力もないくせに吠えるな」
あら?妾腹と正当な血筋での争い?
ベタな展開……
と昼ドラ仕様の現場を紅茶の飲みながらマリアローゼは見守り続けた。
其々雀斑と目付きの悪さを口汚く罵り合っている。
「平和でございますわね」
掴み合いの喧嘩を始めそうな二人を前に、マリアローゼが吐息と共に零した言葉を聞いて、当の二人は動きを止め、ラリアーと今度はウェレークまでぽかんと口を開ける。
「ふふ、ごめんなさいませ。冒険で大怪我をした方や、沢山の死んで行った方達を目にしたものですから。
お二人が喧嘩できるのも、平和な事だと思えてしまったのですわ」
「冒険者など死ぬのが仕事のようなものでしょう」
相変わらず、サンクティオは憎まれ口を叩いてきて、モルスはそれに反発するような視線を向ける。
「確かに。でも、人々の為に命を賭して魔物を討伐する事が、貴方には出来まして?」
「その様な事は、下々にやらせれば良いのです。我々は…」
「それは、出来ない、というお返事で宜しいのでしょうか?」
遮るように言われ、目を覗き込まれて、サンクティオはむぐと口を噤んだ。
「我々のやるべき事ではありません…」
「わたくしが問うているのは、そういう事ではありませんの。出来るか、出来ないか、ですわ」
同じ年代の小さな子の言う事だし、放置しても何ら問題はない。
正義を押し付けたり、考えを強制するのもマリアローゼの仕事ではないのだが、
直近で見たあの衝撃的な出来事を見た後では、看過できることではなかった。
「ご自分の出来ない覚悟を笑うのは、人として間違っていると思いますわ。
誰かが戦って傷ついているから、わたくし達はこの手を血で汚さずに平穏に暮らせているのです。
わたくしはその事に感謝しておりますの」
真摯な美しい瞳を向けられて、サンクティオは言葉が出て来ずに、マリアローゼをただただ見詰めた。
マリアローゼの可憐な花弁のような唇が言葉を紡ぐ。
「人は生まれて死に向かって生きるものなれば、皆が死のために生きてるのでしょうか?
わたくしは違うと思います。冒険者であれ、庶民であれ。
サンクティオ様も、モルス様も、ラリアー様もウェレーク様も、
皆が幸せになるために生きるのだと、わたくしは思いますわ」
一人一人名前を呼んで、じっと可愛らしい顔を向けられて、其々が心臓を鷲掴みにされたようにびくりと震える。
マリアローゼは、困ったように眉を下げて最後にサンクティオに目を向けた。
「ですからどうか、人を謗るのはおやめ下さい。
いつかその事で貴方に不幸が訪れたらわたくしは悲しいですわ」
人に言った言葉は自分に返るぞこの野郎という脅しである。
大体聞いているこっちが気分悪い。
悪い気分にさせる輩とは会いたくない、そうやってどんどん人に避けられていくのだ。
「あ……あ、考えが至らず……申し訳ない…」
何故かサンクティオは顔を真っ赤にして、俯くように頭を下げた。
それをモリスが驚くように見ている。
それ以上にマリアローゼも驚いていた。
怒られるのが嬉しいとか…ではありませんように。
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