第91話 聖女じゃなくても救いたい

「どうか、どうか助けてください」

「このままでは死んでしまいます、どうか!」


「わたくしは聖女ではありませんので、治癒はできません」


そう言うと、冒険者達は一様に絶望した表情を見せる。

マリアローゼは、ううん……と唸って、絶望しつつも流石に責めることはしない冒険者達に向き直る。


「切られた足はどこです?」

「治癒師が…」


男が振り返った所で、魔力切れなのか、顔面蒼白の男が切られた足を差し出した。


「綺麗に傷口を洗ってください。両方共です。ルーナ、痛み止めを飲ませてあげて」


苦しそうな呻き声を漏らす男は、汗だくで痛みに耐え忍んでいる。

冒険者でなかったら、当の昔に失神するかショック死していたかもしれない。

だが、マリアローゼにとっても難しい決断だった。

言われたとおりに仲間に傷を洗われたのだが、見るからに痛々しいし、傷を見るだけで恐ろしい。

医療行為などしたことはないし、耐性もないので当たり前である。

触りたくない、などといっている場合でもないので、軟膏を切り落とされた足の方に大量に塗りつけた。


「どなたか、針と糸を。針は先端を火で炙って下さい。それと家の壁を塗るものでいいので漆喰を」


わたし幼女だよね?

5歳なんですけれども…


泣きそうになりながら、足を断面と繋げる。

救えるものなら救いたいが、魔法は使えない。

ここで、賭けにのって魔法を使ってしまえば、一生囚われの身となってしまう。

自分は善なるものだと思いたいけれど、自分の命を人生を犠牲にして無辜の民に尽くせるほどではないし、家族との生活の方が名も知らぬ相手よりも大事なのだ。


それでも。

助かるかもしれない道があるのなら、手を尽くさないで見過ごすのは難しい。


修道女が持ってきた針を受け取り、兄の手を借りて足を固定し縫っていく。

取れなきゃ良いといういい加減さで、とにかく素早く外周を縫い固めた。


「平らな木の板を下さい。足と同じくらいの太さの」


縫いながら注文した木の板が置かれて、足ごと包帯をぐるぐると巻きつけていく。


「ルーナ、必要な薬があったら飲ませてあげて」


ぐるぐる巻いている途中で、大工仕事を生業とした人なのか、漆喰を手に駆け込んできて側に置かれた。

もう一度包帯の上から傷口の外周に合わせて薬を塗りこみ、上から漆喰をかけ、患部を固定する。


そこでようやく落ち着いて、自分が汗だく涙まみれなのにマリアローゼは気がついた。


「わたくし…わたくしにできるのはここまで…です…」


しゃくりあげながら、言うマリアローゼを、シルヴァインは強く抱きしめた。


「分かった、分かったから。大丈夫だよ、ローゼ」


「この人、漆喰が固まるまで動かさないで…あと、治癒師のひと、魔力が戻ったら治癒してください」

「すみません…俺の力が足りないばかりに…」


魔力切れ寸前の治癒師が、泣きながら頭を下げる。

その言葉に、大粒の涙を零したマリアローゼが首を振った。


「わたくしはその治癒の力すらありませんから…聖女じゃなくてごめんなさい…」

「聖女じゃなくても、命の恩人です…ありがとうございます」


怪我した冒険者の仲間が次々に男泣きで頭を下げ、床に擦り付ける。

何だが触発されたように、周囲の病人や怪我人まで泣き始め…


「あなたが聖女じゃないなら…誰が聖女なのか…」

「女神だ…きっと女神の生まれ変わりだ…」


ん?

はて?


興奮と恐怖が一気に醒める言葉が聞こえてきて、マリアローゼの涙がスンッと止まった。

女神…女神…という囁きが広がっていく。


いや、聞いてたよね話!

治癒できないって言ってるのに女神って何??


言訳したいのに、精神的にも肉体的にも疲労がピークに達したのか、兄の腕の中で身動き取れない。

マリアローゼは縋るようにシルヴァインを見上げた。


「お兄様…否定してください…ローゼはもう…つかれました」

「今は無理かな。とりあえず宿に戻ろう」


何だか盛り上がってしまってるから、難しいかもしれないけど、魔法を使った訳ではないのは皆知っている。

多分話せば分かってくれる、はずなのだ。

マリアローゼはぐったりと、兄の腕の中で力尽きた。

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