第82話 イケメンがいっぱい

結局、アートもファーブラもその後一切口を開く事は無かった。

マリアローゼは文献でしか情報を得ていないから、わざわざ口にしたのだが、

もし文献になっていない口伝でも何か伝わっていたのならば、反論が出たはずだ。

それもないということは、やはり文献の通りで、聖女の力は庶民へ分け与えて良い力ではないのだと

図らずも証明された事になる。


教会での治療を終えて、昨日と同じくウルススに抱えられて宿へと向かうマリアローゼは、不意にカレンドゥラに話しかけた。


「カレン様、お食事の後にマグノリア様とお話したいのですけれど」

「はい。分かりました。伺うようにお伝えしますわね」


精一杯背伸びするようにして、やっとウルススの腕の横から顔を出したマリアローゼに、くすっと微笑みながらカレンドゥラが答える。

会話が終るとすぐにウルススは抱えなおして、マリアローゼは強制的に元の位置に戻された。


赤ちゃんになった気分ですわ…


大きさが違いすぎるからかしら、とウルススを見上げると、ウルススは視線を周囲に配りながらも、見上げてくるマリアローゼの気配に気付いたのか口元だけ笑って返してくる。

気遣いが出来て、職務に忠実な男なのである。

軽い言葉や強引な口説き文句を言うキラキライケメンより、余程かっこいいと改めて思いつつ、何が気になったのかしら…とマリアローゼは考えた。


手馴れている感…

もしや、お子さんがいらっしゃる…!?


マリアローゼの中の元社会人喪女(20代後半)から見ても、良い男なのだから、当然相手がいないわけがない。

良い男がフリーな訳はないのだ。

今は彼も勤務中なので聞けないが、時間が出来たら聞いてみよう、とマリアローゼは心に誓った。

気になる事は何でも聞きたくなってしまうお年頃なのである。



「お母様は明日一日病気になろうと思うの」


食事中に突然言われて、マリアローゼはびっくりしてスプーンを落としそうになってしまった。

母をじっと見るが、特に具合が悪そうには見えない。

マリアローゼがこてん、と首を傾げると、ミルリーリウムはにっこりと微笑んだ。


「えっと、それは…はい、分かりました」


事情を全部説明しないという事に、何か意味があるのだろうことは分かったので、深くは聞かない。

この会話自体を聞かれてもいいように、言っているのかもしれないからだ。

そして、日程をずらすことにも意味があるのだろう。


「ローゼにはお土産を期待してもいいかしら?」

「是非!喜んで行って参ります」


突然の町散歩の許可である。

マリアローゼは飛び上がって喜びたい気分になった。

多分、何者かが襲ってくるにしても大きい町、しかも王都から2日の近さでは襲ってはこないだろう。

比較的安全なのと、何かを確かめたいのだろうけど、今は大人の事情を探るよりも

町へのお出かけでうきうきの5歳児なのである。


そして、うきうきし過ぎたマリアローゼは、マグノリアを呼びつけたことをすっかりさっぱり忘れていた。


何を話したかったんだっけ?


美味しい食事をたらふく食べて、明日の町散歩に心躍らせるあまりに、

真剣な話だったはずの肝心な話が思い出せない。


うーん。

うーん。


マグノリアが目の前で紅茶を飲んでいるが、思い出せるまで居て貰う訳にもいかない。


「申し訳ありません、マグノリア様…わたくし、聞きたいことがあったのですけれど、忘れてしまいました…」

「……ふっ…ははは…!」


紅茶を口元に持っていったマグノリアが、突然笑ったので、マリアローゼは目をぱちくりした。


「いや、申し訳ない。今まで見てきた貴女も、部下から報告を受けた貴女も随分と大人だったもので…

相応の幼さがあるというのが、意外で可愛らしい」


いつも厳しい顔つきをしている、マグノリアの笑顔と言葉でマリアローゼはどきりと心臓が跳ねた。


イケメンよりイケメン……!


「本当に…お呼び立てしておきながら…今度からきちんと何処かに書いて置きます……」

「ふふ、いや、また思い出した時にでも、何なりとお聞き下さい」


優しく微笑まれて、マリアローゼは穴があったら入りたくなるくらい恥ずかしくなったが、とりあえず明日の予定については話そう、と心を切り替えた。


「あの、折角ですので、明日の予定についてお話をしたいのですが。

「はい」

「お出かけの時に護衛してくださる騎士さまについてなんですけど、

神聖国の方達とはあまり親しくないので、出来れば顔を合わせたことの無い方にお願いしようかと」


普通なら慣れた人を選ぶところなのだが、何となくそれぞれと話をして親交を深めたいのだろうと、マグノリアは理解して頷く。


「分かりました。手配致しましょう。こちらからは暫くカレンドゥラをお供にお付けいたします」

「はい。……あ、思い出しました……!」

「ふ、ふふっ。ではお聞きしましょう」


思い出したようにマグノリアが笑って、マリアローゼは赤面しつつ言葉を組み立てる。

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