第81話 聖女らしさとは?

翌朝の出発は早朝だった。


教会から戻ったすぐ後に、食事と湯浴みをしてすぐベッドに入り、

朝も最近の習慣で早く目覚めると、ちょうどエイラとルーナが旅支度をして、朝食を運んでくるところだった。

今回の旅には安全面を考慮して、元冒険者の料理人が二人同行している。

彼らは宿の厨房を借りて、神殿騎士達以外の食事を賄っていた。


朝食を食べるとすぐに、身支度を整えたマリアローゼは馬車に乗せられて、

昨日と同じくのんびりとした馬車旅が始まった。

窓の外を流れる景色は、畑から草原になったり森になったりと多少の変化はあるものの、なだらかな丘陵地帯がずっと続いている。

時折動物達がいたりもして…


「まあ!羊!羊だわ!」


その度にマリアローゼははしゃいだ声をあげていた。

どうどう、とマリアローゼを宥めるように、シルヴァインがマリアローゼの膝をポンポンと叩く。


「ローゼは羊が好きだねえ」

「だって、ふわふわしてもこもこして可愛いのですもの」


昨日は立派な事を言い、慈悲深い行いをしてきたマリアローゼ5歳の、年相応の振る舞いに、シルヴァインやカンナはほんわりと笑み崩れるのであった。


「お屋敷にも羊が数頭いたと思いますので、帰ったら餌をあげにいきましょう」


とカンナが言うと、更にマリアローゼが嬉しそうに足をバタつかせる。


「絶対、行きましょう、カンナお姉さま」


「はい、約束です」


天使と崇めるマリアローゼとデートの約束をしたカンナも上機嫌である。

シルヴァインもそんな二人の様子を見て、ハハハと楽しそうな笑い声を立てた。


その日の夕方頃、やっと次の町に到着した。

今回のマリアローゼは昼食後に少し寝て、目を覚ましたまま町へと入ったのである。

早朝に出発したのは何故だろうかと思っていたが、

到着時間を考慮していたのだなとマリアローゼは窓の外を眺めながら考えていた。


「ローゼ、このまま俺達は教会に行っておこう。手配は済んでいるからね」

「では私もお供しましょう」


シルヴァインの言葉に、マリアローゼが返事をする前にカンナも追随した。

ルーナは?と思って目を遣ると、既に薬が詰まった鞄を手にして待っている。


「分かりました。そう致しますわ」


あまりの手回しの良さに驚きつつ、昨日マリアローゼが寝ていた間にシルヴァインはどれだけ働いたのだろうかと考える。

聞いても答えてくれなさそうだが、任せられるところは任せてしまおう、とマリアローゼは大きく頷いた。


護衛騎士は昨日と同じくウルスス、そして王宮騎士団からはラルクス。

神殿騎士は、教会に知り合いがいるということで、カレンドゥラと、

神聖国の騎士2名、アートとファーブラが同行する事になった。

昨日より大所帯である。


そして町も昨日泊まったプロンという町よりも規模が少し大きい。

神聖街道を挟んで町並みが作られているのは同じだが、

プロンでは、街道をそれた道は地面が土だったのだが、

今日の町、エルノでは、街道をそれた道も煉瓦で舗装されている。

教会も街道沿いの中心に近い所に大きく聳え立っていた。

入口には、司祭が出迎える為に立っていて、まずカレンドゥラと挨拶を交わし、

マリアローゼとシルヴァインに丁寧に敬礼をした。


「ようこそ、いらっしゃいました。どうぞ、こちらへ」


案内を受けて神殿に入ると、前日より僅かにだが多くの人々が待ち構えていた。

マリアローゼは同じく、丁寧な挨拶をした後で、手当てと処方を繰り返して、

聖女じゃないことと薬の宣伝をしたのだった。


「何故、貴女は聖女じゃないと言いながら、聖女の真似事をする?」


敵意を剥き出しに…と言うわけでなく、興味本位と雰囲気でアートが聞いてきた。

無礼な聞き方に、一瞬カンナがムッとするのが伝わるが、当のマリアローゼはこてんと首を傾げる。


「あら?今までの聖女様に、そんな方はいらっしゃいまして?」


ド正論の、直球火の玉ストレートな返答に、アートは口を噤んだ。

そして、目を伏せて考え込む。


「数百年も前の伝説に近い聖女様がしていた、という逸話ならございますけれど。

近年の聖女様も候補の方達も、そんな事をしているという話は文献にはございませんでしたわ」


黙ってしまったアートに目もくれず、マリアローゼはルーナと共に働き続けている。

口を挟むべきかと見守っていたシルヴァインは、そのままアート、ファーブラ、カレンドゥラの観察を続けた。

侮辱するような言葉だが、聖女として行動していないマリアローゼにとっては何の痛痒も感じない言葉だ。

ファーブラは二人の会話に、ハッとして考え込み、やはりそういった文献は思い浮かばなかったのか、頷いたように顔を伏せたままである。

カレンドゥラはマリアローゼとルーナの作業の手伝いに参加しつつ、

二人の会話を聞いて、神に仕える者とは思えない蠱惑的な笑みを一瞬浮かべた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る