第70話 ---父と兄の謀略
父は何処まで知っているのだろうか、とシルヴァインは考えていた。
ルクスリア神聖国と対立する必要は無いのだが、目的は何なのか明かされていない。
男爵家の血筋である元平民の少女が、光属性の治癒魔法の使い手故に、
引き取られて養女として公表されている。
彼女を聖女とする向きがあるのは有名である。
推薦があったとして、握りつぶす事も可能だったはずなのに、
何故わざわざ王国から公爵令嬢を招聘するのか。
ただの宣伝ならいい。
聖女の噂があったから呼びつけたけれど、間違いでしたと送り返す。
そうすることで、ルクスリア神聖国の権威を高めたいだけなら良いのだが。
「待たせたな」
父ジェラルドが執務室に戻ってきた。
歓待してきた、という雰囲気ではなく、シルヴァインもどこか安堵する。
「前置きは省きます」
とシルヴァインが話し始めた内容を、ジェラルドは厳しい顔付きのまま聞いていた。
この執務室には常に防音の魔法がかかっている。
シルヴァインはそれを分かっていたので、端的に今日マリアローゼやキースと共に辿りついた答えと、その対策を話し続けた。
「聖女が短命なのは知っていたが、そういうから繰りか…
だとすると、私達の捕らえた神父は独断で人身売買に加担してたのではないかもしれんな」
「それは、素質のある者を探すついでに、という事でしょうか?」
「末端だからと切り捨てるつもりだとは思うが、ふむ。
人身売買で追究してきたが、その役目について明日から喋らせよう。
マグノリアを関わらせるのは迷うが…うーむ」
正義の剣と言われる、猪突猛進で悪即断の神殿騎士として名高い。
学生時代に、父母や王夫妻とも交流が深かったという。
「関わって頂くべきかと」
と進言するシルヴァインをジェラルドは見詰めた。
「本日、ローゼと共に挨拶した折ですが」
思い出したようにシルヴァインはふふ、と笑う。
「ローゼは神聖教について無礼とも言われる言動をしましたが、
マグノリア神殿騎士は激昂するでもなく、至極冷静にローゼと話をしていました。
ただの正義馬鹿ではないということです」
「昔のマグノリアの印象が強くてな」
ジェラルドも少し笑った。
「それに女神の水晶を調達して頂かなくてはならないし、
ローゼの味方でいて頂かないとなりません」
何事かを考えつつジェラルドは首肯した。
「私は各国に根回しもせねばならないし、マグノリアに同行することはできないから、尋問はお前に任せよう。
神父の得ている加護によっては、神聖国が取り戻したいと考える理由になるかもしれん」
「父上、それなら我が家の地下牢に招待しては如何でしょう」
「理由を言ってみなさい」
「はい。もし彼が「聖女候補を探す能力」を有していたとしたら…神聖国は手放す気はないでしょう。
故に、マリアローゼを人質にとって、招聘するか交換を要求するか。
マリアローゼの身が駒に使われるのはもっての他。
それにこれから来る神聖国からの使者も護衛も信用ならない。
神父奪還の密命を帯びている可能性すらありますし、我が家の警備体制のほうが上です。
神父には死んでもらいましょう。表向きですが。
彼らにはまず、神父が病気で急死した事を伝えて反応をみるべきかと」
「決まったな。ではこれから護送の手配をしよう。朝まで待つ必要は無い。ランバート」
影の様に控えていた父の従者は、名を呼ばれて一礼した。
ジェラルドは一枚の紙を取り出すと、さらさらと何かを書き込み、丸めてから封蝋で封じてランバートに手渡す。
受け取ったランバートは、それを胸元にしまうと、一礼して部屋を後にした。
次にケレスを呼ぶ。
「夜分に失礼致します」
「ケレス、地下牢の用意を頼む。警備にはベスティアとウルラートゥスを配備せよ」
「御意にございます」
事情など何も訊かずに、老齢の執事は颯爽と部屋を出て行く。
「さて、お前はもう戻って休みなさい」
ケレスを呼ぶ時に同席させたのは、シルヴァインが関わっている事を悟らせる為だったのだろう。
シルヴァインは、父の采配に楽しそうに首肯した。
「それでは失礼致します」
「謎の依頼主には辿り着けなさそうか」
戻ってきた侍従に、静かに問いかける。
ジェラルドは視線を書面に落としたまま、次々書類を書き上げて行った。
「残念ながら。フードを被った中肉中背の男、では難しいかと」
調査に強い冒険者と情報屋を動員したが、事件の翌日にはそれらしき男は姿を晦ましていた。
その後、一向に情報は入ってきていない。
「では、そちらは切り上げて構わない。それよりも、暫くは神聖国からの使者を見張るように手配を」
「全て整っております」
新たに雇った者と、従僕は既に王城に送り込んであった。
もしマリアローゼに危害が及ぶ可能性があるなら、排除するしかない。
ランバートは静かに、頭を下げた。
「あとはお前の技量と判断に任せる」
「仰せのままに」
ジェラルドは変わらず書類を書き続けながら、不敵な笑みを浮かべている。
もう一度、恭しくランバートは頭を下げた。
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