第69話 喧嘩上等のお嬢様
「つまり、ローゼは聖女が少ないだけでなく、短命でかつ在位期間が短いからより少なく感じると言いたいんだな?」
「ええ、そうですわ。そこにも作為的なものを感じませんか?
稀に「聖女」の短命さに触れている箇所もありはするのですが、
神がお側に置きたいからすぐに天に召されてしまうとか、
身を挺して祈りを捧げたとか、美談のようにまとめられておりまして。
でも簡単に言うと「聖女、すぐ死ぬ」って事ですもの、物騒ですわ」
「聖女、すぐ死ぬ」
物騒な言葉にキースはこめかみを押さえて俯き、シルヴァインはハハハと快活に笑った。
聞き耳を立てていた双子は、笑いを堪えつつ抑えきれないでいる。
自分で言ってしまってアレだが確かにパワーワードである。
「しかし、それもそれでおかしいですね。初期に現れた聖人は、
布教の際に捕らえられて死罪にされていない限り、短命ではなかったように思いますが」
キースがやや首を傾げて、シルヴァインの答えを待つ。
笑っていたシルヴァインも、キースの言葉に頷く。
「彫刻や絵画を見る限り、定命である可能性が高いな。
何せ髭面の男だから」
「何故かしら……」
今度はマリアローゼが思案に耽る。
モヤモヤと漠然としたものが、ずっと心の中に燻っていた。
聖人が聖女に代わり、過去の偉業は伝わっていても、聖人の事を知る人も少ない。
男ではなく女に変化した時、寿命もまた短くなっているのは何故か。
古来の聖人と現在の聖女の在り方もまた全然違うのではないだろうか?
嫌な答えに辿りついて、マリアローゼは眉を顰めた。
「……ローゼ。話してくれ。ここに居る皆は、君を護りたいし、
君との約束も命を懸けて護る。形に出来ずとも言葉に出来るなら、教えてくれないか」
マリアローゼの神妙な面持ちに目を留めたシルヴァインが、
いつになく真剣な目でマリアローゼに語りかけた。
いつの間にか、手を止めて全員が注目しているので、マリアローゼは不安そうに辺りを見回す。
「必要なら防音もしよう」
「……お願い致します」
「じゃあ俺がやるよ」
双子の一人、ミカエルが風属性の防音魔法を使う。
「あの、ノクスとルーナは気にせず聞いて欲しいのだけど…」
遠慮がちにマリアローゼが話し出すことに、二人はお互いの顔を見合わせてから、こくんと頷いた。
「誰にも言っていないお話ですが、あの時私こう思いましたの。
二人を助ける為に、わたくしの命を分け与えてもいい、って」
声にならない声を上げて、二人の顔がさっと蒼白になる。
確かにそう呟いていたのを聞いていた。
でも本当にそれが行われていたなんて。
「何も仰らないで、誰も。その事については。後悔はしておりませんもの。
…それで今思ったのです。「聖女」の起こす奇跡は、魔法だけでなく生命そのものを使っているのではないかと。
だから寿命が短くなり、在位期間も短いのではないでしょうか。
それが真実なのでしたら、符合する事も多いのです。
聖女の生命を減らすだけの価値のある人にしか癒しを与えないから、神聖国に囚われるのでしょう。
多分奇跡を行った分だけ寿命もまた短いはずですわ。
でも、もしもっと神聖教会の腐敗が深ければ、それすら隠蔽する為に、
聖女と呼ばれない聖女もいたかもしれません」
「根が深すぎるな…」
シルヴァインが険しい顔で呟く。
「ですから、証明出来たところで公表は出来ませんわ。
世界をひっくり返してしまう事になりますもの」
「だが、逆に革命を起こしたいなら狙い目にもなってしまう、か」
目を伏せたまま、シルヴァインが続ける。
暫し、沈黙が支配する空間を破るように、マリアローゼが明るい声で言った。
「でも希望もありますのよ。聖女かどうかを判定する女神の水晶。
命をかける気なんてさらっさらにない上に魔法もまだろくに使えないわたくしには一切反応しない筈ですわ」
「はははっ、それは朗報だ」
マリアローゼの気持を慮るように、シルヴァインも明るく笑って見せる。
だが、キースはまだ心配そうにマリアローゼを見ていた。
「本来身分の高い女性は聖女に据えられる事はないはずでしょうが、
何らかの思惑でローゼが招聘されたのでしたら、水晶に細工されかねません。
幸い王都の大神殿にも同じ物がありますし、
それを持ち出す許可を得て頂かないといけない」
「キースの心配は尤もだ。俺から父上に申し上げておく」
「万全の用意を致しましょう。わたくしはこの件以外でも、神聖国を突ける準備をしなくては」
「ローゼは戦争をする気なのかな?」
シルヴァインのからかうような言葉に、マリアローゼは大きく頷いてみせた。
「ええ、そうですわ。先に吹っかけてきたのは向こうですもの。
わたくしは絶対負けませんことよ!」
双子が嬉しそうに拍手喝采をして、ノアークがマリアローゼの手を応援するようにぎゅっと握る。
マリアローゼはノアークの手を優しく握り返した。
「お兄様達やノクスとルーナや、お父様とお母様とも絶対離れたくありませんもの」
喧嘩上等ですわ!という言葉だけは何とか飲み込んで、マリアローゼは微笑んだ。
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