第56話 王子を見直すお嬢様

神父の罪と、聖女の嫌疑がかけられた事に憤慨したものの、

その日は珍しく父と母の間に寝て、マリアローゼの機嫌は朝にはすっかり直っていた。


2,3日中にはルクスリア神聖国の護衛隊が到着するという。

今日の午後には、公爵家として準備した随行する人員が、各所から別邸へと集まる手筈になっていた。

招聘自体は拒否できないものの、理由をつけて引き延ばすことは出来るというのだが。

面倒事は早く済ませてしまいたいのもある。

だが、準備に時間もかけたい。

マリアローゼにとってこれから向かうのは、世界を覆う一大宗教の総本山なのである。


「お父様、準備に1週間くださいませ。わたくし、神聖国について徹底的に勉強しなくては。

出来れば、家の図書館にない資料なども、王宮にございますなら、借用して頂きたいです」


「分かった。全て君の気の済むようにしなさい」

「ありがとうございます」


朝食の時に、神聖国への招聘を聞かされた兄達もまた、突然の事態に驚いているようだった。

成り行きを見詰めていたシルヴァインが、父上、と呼びかけた。


「俺も、ローゼの手伝いをします」

「僕も手伝いましょう」


父は重々しく頷いた。

双子は二人でうんうん頭を悩ませていたが、今まで勉強を逃げ回ってきたのだから、素地は悪くないとはいえ、調べものには役に立たないと思っているようだ。

ノアークも同じく、しょんぼりとしている。


「手伝ってほしい事が出来ましたら、お兄様方にも御助力をお願いいたしますわ」


とマリアローゼが声をかけた事で、三人はやる気に満ちた顔でうんうんと頷いた。

一件落着である。


朝食後は図書館へ、二人の兄を伴ってマリアローゼは急いだ。

予め連絡を受けていたのか、ヴァローナの出迎えで、神聖国関連の蔵書を選んで集めた机に案内される。


大量である。


「おじいさまにも話を聞きたいけれど、これを読むのが先決ですわね」

と腕まくりをしたマリアローゼに、ヴァローナが申し出る。


「アノス老には私が話を聞いておきますよ」

「ありがとう、助かりますヴァローナ」


彼が立ち去るのを見送って、マリアローゼは手早く蔵書をより分けた。


「わたくしは聖女関連の書籍を中心に調べます。お兄様達は私が見た方がよい資料があれば教えてください」


「僕は神聖国の歴史を調べましょう」


「じゃあ俺は二人の残りを担当しよう」


てきぱきと用意をして、三人は本を読み始めた。

合間に昼食を終えて、また読書に戻る。

本当なら昼寝もするのだが、出来るだけ詰め込みたいので、限界までマリアローゼは頑張った。

そして、晩餐の時に父から驚くべき話を聞くのである。


「と、いうわけで第一王子が同行する」

「でしたら、俺も行きます」


シルヴァインがすかさず名乗りを上げた。


「護衛騎士ほどとは言えませんが、戦えますし、ローゼの兄でもあります」


それは嘘だ。


マリアローゼはジト目でシルヴァインを見た。

公爵家の騎士達は、鍛錬に手を抜いたりしない。

もちろんお互いに怪我をしないように、気を使いはするが、

身分が上だからといって負けてあげるような鍛錬はしないのだ。

シルヴァインは騎士達と互角に戦ったのをつい先日目にしている。


「分かった。リリィとローゼを頼むぞ」

「はい。お任せ下さい」


とはいえ、アルベルトの決断にも策にも驚きは隠せなかった。

マリアローゼにとって、関わり合いたくない相手No1であったが、少し考えを改めざるを得ない程に。

我が家の人間が、大切に思ってくれて、助けようとしてくれるのには感謝しつつも、マリアローゼも同じ気持を家族に抱いているので、それは分かるのだ。

だが、王子はといえば、そこまで交流もない上に、彼らにとってのメリットはあまりに少ない。

むう、とマリアローゼは口を尖らせた。

かと言って、恋だの愛だのという間柄でもない。

会ったのはたった2回。

手紙を返したのもまた2回。

これだけで恋されたらたまらないし、何か幻影を見ているとしか思えないので、

今のところはその要素は却下しておく。


さて、今日も早く寝よう。


マリアローゼは早々に眠りについたのだった。

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