第55話 ---王子の決意
※アルベルト視点
始めは、弟への嫉妬だったかもしれない。
今までは何故嫉妬するのか?
弟が自分への嫉妬を向ける気持が理解出来なかった。
嫉妬されるほど良い物は持っていないし、自分の努力次第で何とでもなるだろうと思っていた。
怒りをぶつけてくるような目も、言葉も、どうでも良かった。
自分の後に生まれた、自分の代わりになるかもしれない生き物。
ただそれだけだった。
公爵邸での茶会以来、弟は変わった。
マリアローゼの兄、ノアークは他の兄達と比べて魔力の発現が遅れている。
貴族の子女は、通常7歳には何らかの属性の魔法を使うことが出来るようになるのだ。
逆にその時期を過ぎても使えない場合、殆どの場合魔力が目覚める事はない。
「無能」
と謗られることになる。
とかく、そういう噂ほど広まるのが早いものだ。
「落ちこぼれが…」
等と弟が悪辣な言葉を吐いたのに対して、マリアローゼは恐縮するでも悲しむでもなく
激昂するでもなく、静かに微笑んだのだ。
「わたくしはお兄様を愛しております」
と。
彼女はいかに兄が素晴らしいかを語りだした。
そのどれもが、何気ないもので、剣が強いとか魔法が強いとか、
人々に称えられるものではない事に、多分弟自身驚いたのだろう。
彼自身、周囲の人間の期待と、その裏返しである侮蔑に、雁字搦めになっていたのだ。
そんな事は大した物では無い、と言い切るようなマリアローゼの言葉に驚き、
我が身を振り返ったのかもしれない。
城に帰ってから、塞ぎこんでいると耳にした。
その後、間もなく剣の稽古に打ち込み始めたと、廷臣達が噂をするようになり、
廊下ですれ違っても挨拶のみで、以前の憎憎しげな視線を向けられる事はもうなかった。
マリアローゼとロランドが手紙のやりとりをしているらしい、というのも侍従が教えてくれ、ロランドを苦々しく思っていた侍女や小間使い達も、彼の変化を好意的に受け止めていた。
誕生会の日、
可憐な花やレースに飾り立てられたマリアローゼと再会した。
何とも愛らしい彼女がくれた贈り物は、本。
フィロソフィ公爵家の令嬢なだけあって、マリアローゼは読書が趣味らしいと聞いていた。
その彼女が選んだ本は、植物図鑑。
マリアローゼのお気に入りの一冊だと聞いて、とても嬉しい気持になった。
だが、誕生日当日は忙しい。
主賓である自分が、社交の場に出ない事は有り得ない。
その間、弟のロランドがマリアローゼと過ごすと聞いて、
胸がちくりと痛んだ。
全てが終わってから知らされたのは、二人が隠し通路を使った事。
その所為で、多少の混乱が起きていたことだった。
祝賀会の前に、控室で叱責を受けるロランドは、言訳もせずに静かに怒られていた。
見かねたマリアローゼが、この国の権威である王と王妃の前でロランドを庇った事にも驚いた。
それは、繊細で美しいだけの少女ではないという事だ。
言い訳も可愛らしい。
子供ならではの理由に、かつて子供だった親達も、冒険心を擽られるのは良く分かる。
シルヴァインに釣られて、アルベルトも笑ってしまった。
そうして下された罰は。
フィロソフィ公爵家に預ける、という事だった。
もやもやと胸の中で、何かがざわめく様な不快感。
それは罰ではなく、褒美では?
と考えてしまって、慌てて頭を振る。
初めて、ロランドが羨ましいと自覚してしまったのだ。
欲しいものが得られないという焦燥が、初めて胸をじりじりと締め付けた。
謹慎中の相手に手紙を送る訳にもいかない。
いや、弟を頼むという挨拶なら?
等と悶々と考えて、結局短めの挨拶の手紙を出しただけに止めた。
返事はすぐ届き、内容は罰がとても素晴らしい事と、
素晴らしい罰を考えた父が素晴らしい事と、
弟が真面目に取り組んでいるという現状報告だった。
代筆じゃないだけ、進歩かな…
快癒してから二度目の手紙である。
自分の机の、鍵つきの引き出しにそれをしまった。
そして、知らされたマリアローゼの招聘。
ルクスリア神聖国は、各地に顕現した聖女を招聘する権利を保有している。
理由は保護だが、聖女は神聖国から出る事を許されない。
例外はある。
複数の聖女がいること。
これは稀にある事だ。
もう一つは、他国の王族との婚姻、もしくは婚約。
現在、神聖国には聖女はいない。
然しながら、聖女だと噂されている少女が居る事は居る。
男爵家の系譜で、現在は養女らしく、元は平民の少女だという。
ルクスリア神聖国では、王でなく国主と呼ばれている頂点の出自が、
元を辿れば、アウァリティア王国の公爵だった。
今でも対外的な家格は王家でありながら公爵、なのである。
だが、多くの信者を抱える神聖国の権力は、小国とはいえ絶大だ。
それを束ねる公爵家も同じ事である。
したがって、招聘を拒否する事は不可能なのだ。
だとすれば、方法は一つしかない。
自分が後悔せず、そしてマリアローゼを護れる方法。
危険だとしても、心はもう決まっていた。
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