5:訓練
「で、今日は囚人スタイル。という訳かい……あんたはいつマスターの服が着られるんだろうねぇ」
呆れる様にアンダーテイカーは羞恥に震えるマリアを頭のてっぺんからつま先まで眺める。
黒と白の囚人帽子、縞模様のツナギ、多分コスプレの玩具かなんかだろう右足と左手にプラスチックの手錠……何をしに来ているかと言われたらハロウィンの仮装パーティーに行くつもりだと答える方が自然だ。
「く……」
ぷるぷると屈辱に耐えるマリアの服の背中には『勇み足で死にかけました新米です』とわざわざ布に印刷されたものを綺麗に縫い込まれている。
トイボックスの職員からは憐みの眼差し半分、必死で笑いを堪える眼差し半分だった。
「まあそう悲観する事も無いさ。死んでたらここに来ることすらなかったんだから」
ちなみにアンダーテイカーはおなかを抱えて爆笑する側、そんな本人は先日の出撃と同じ真っ黒なウエスタンハット、足元まである革のロングコート、純白のブラウスに真っ赤なネクタイ。ゆったりとした黒のロングスカートに黒のロングブーツ。
その足元には子供サイズの棺桶が二つ用意されている。
「だ、大体あんたの拘束服どうなってるのよ!! まるで葬儀屋じゃない!!」
「あってるじゃないか。棺は大概あたしの腹の中だがね?」
「そういうのはいらない……」
先ほど、アンダーテイカーの収監室にノックも事前連絡も無く入ったマリアが……とある光景を思い出して口を押えた。
ようやく収まったはずの感覚が喉元までこみ上げる。
「あたしの食事中はまずカメラオフで音声のみで連絡入れる事だね。大概は数日飯が食えなくなるらしいから」
「事後忠告ありがとうございました!!」
「くひひ、あたしと一緒に暮らせば程よく痩せれるさね」
「絶対に! 断る!」
「そうかい、で……そっちはどうだい? カイ、クラリス」
アンダーテイカーは薄笑いを浮かべながら体育館の反対側から出てきた二人に声をかけた。
「ああ、待たせた」
一人はマリオネットマスターの制服に身を包んだカイ、相変わらずの不機嫌そうな顔でマリアたちの元へ向かう。
「糞みたいな遊びに付き合わせんじゃねぇよ、葬儀屋……てめえも掃除するぞ」
もう一人は先日、マリアの着替えとして着ていたメイド服に身を包む赤髪の少女。
特徴的な猫目をさらに釣り上げ、アンダーテイカーにつばを吐きかけた。
「ひひひ、怖い怖い……」
「ちっ……自分で掃除する場所増やしちまった……ああ、イライラする」
なんでこんなにもクラリスが不機嫌かと言うと……
「良いじゃないか、拘束服無しで出撃できないせいでご褒美が途絶えてるんだろう? 綺麗好きのクラリス」
「テメェのマスターのせいだろうがよ!!」
「お前が余裕かましてあいつに着せたからじゃないさね? 逆恨みはメイドとしてどうかねぇ?」
「お前……今日のチュートリアルで死ぬ覚悟があるんだな? そうなんだな?」
そう、マリアに着せた他のメイド服が洗濯中だったので出撃できなかった。
しかも運の悪い事に、そのせいで彼女の契約報酬が手に入らなかったのである。
「カイ先輩、今日からよろしくお願いします」
「ああ、散々な初出撃になって大変だったな……」
そんなアンダーテイカーとクラリスを無視して、マリアとカイは訓練項目と体育館の使用申請を進めた。
「この囚人服、どこから持ってきたんです?」
「クラリスの趣味だ」
「信じられません……」
「事実だ、受け入れろ」
お互いの端末から使用許可申請とクリミナルの使用許可を出して、すぐに承認の返事が返ってくる。
「銃は持ってきているか?」
「はい、指示通り模擬弾と執行弾を準備してあります」
「よろしい、では習うより慣れろ。早速チュートリアルを始める……クラリス。来い」
「アンダーテイカー。こっちよ」
だだっ広いバスケットコートを4つ分ほどの面積を持つ体育館の出入り口にシャッターが閉まった。
「真ん中で始めるぞ……アンダーテイカー。加減はしろ」
「気が向いたらね」
へらへらと笑いながらアンダーテイカーはカイに請け負う。
「マリア、ここの床はすべて木材の下に脱獄防止用として90cmの鉄板が下地に敷かれている」
「はい」
「頭に叩き込んでおけ、アンダーテイカーはこの床をぶち破った事があった」
「…………はい?」
「掘っていいって言われたからねぇ」
90cmの鉄板を人力で破る……ますますアンダーテイカーが人外じみている事にマリアが頭を抱えた。
恐らく彼女が持っているつるはしかスコップで掘ったのだろうが……いったい何時間かけたのだろう?
「迂闊にやって良いとか言うなよ? マリオネットマスターの発言はすべて記録される……お前、次は減俸になるぞ」
「ききき、肝に銘じます!」
すでに懲罰のオンパレードなのだ。
これ以上は本気で不味い。
「よし、ではクラリス。ロウブレイカー役を……アンダーテイカー。マリアに戦い方を教えてやれ……私はマリオネットブレイカーの立ち回り方を教える」
「おう!」
「生き延びたご褒美だ、よく覚えなマスター様」
なぜかそんな三人の頼もしい(?)宣言に、マリアは悪寒が止まらなかった……、
――2時間後
「いきているか?」
「なん、とか……」
カイに背負われたマリアがのろのろとポーチから自宅の鍵を出して、彼に渡した。
トイボックスの宿舎は緊急出動の為に徒歩圏内に建てられている。
もちろんマリアも新卒なのでお金は無く、1ルームの一番安い部屋で暮らしていた。
「なぜおまえは突っ込む……馬鹿なのか?」
「申し訳ありません……」
囚人服はボロボロ、あちこち擦り傷だらけ、挙句の果てにお仕置きと称されたアンダーテイカーの歯型があちこちについている。たった二時間で疲労困憊のマリアだった。
「悪いがシーツは後で新しいのを買うか選択しろ」
流石に女性の部屋を物色する気はないカイはベットシーツの上にそのままマリアを寝かせる。
「了解です」
ごろり、と寝かされたマリアの全身が悲鳴を上げた。
腕を伸ばせばミシミシと言うし足の裏はがぶがぶの刑に処されて妙に痛た痒い……。
「とりあえず明日は休め、出勤の必要は無い」
「良いんですか?」
「その身体では訓練もままならんだろう? 私とクラリスが居れば大体何とかなる」
「ありがとうございます……そして申し訳ありません……」
しゅん、とした様子でマリアがカイに謝る。
そんな様子を見て、カイがため息をつく……
「……ふう、おい。その椅子は借りてもいいのか?」
室内には小さなテーブルセットが隅っこにちょこんとおいてあり、カイはその椅子を引き寄せた。
「どうぞ?」
「……いろいろと、話す必要がある。私はそう判断したが……お前はどうだ? 新人」
「……」
マリアはそんなカイの態度に、深い深いため息を返す。
「現実はつらいか?」
「わかりま……せん」
マリアは間違いなく善良だ。
そこはカイも口をはさむ余地はない。
だからこそ、アンダーテイカーが手を出しあぐねている事も気づいていた。
「お前はマリオネットマスターに向いていない」
「……」
「これは、ただの昔話だ……私の配属された6年前はクリミナル・ロウブレイカー法案ができてまだ2年だった」
「はい」
「先日戦ったコンクヴィトを覚えているか?」
「覚えています」
「私は何度か彼と仕事をした……あの頃は制度ができたばかりでそこの穴を突くクリミナルと、押さえるマリオネットマスターのいたちごっこだった」
そのせいで民間人に被害が出る事も少なくなかった。
流れ弾と称された弾丸で死んだ老婆。
武器が破壊されて吹き飛んだ部品と称されて脳天を貫かれた青年。
そんな凄惨な現場をカイは毎日のように見ていた。
「ある時、担当していたクリミナルが同じクリミナルによって殺された。マッドファンサと言うピエロだ……」
「それって……」
「ああ、共食い事件だ……同じクリミナル同士は戦わない、仲間であるという前提を覆した事件だな……そこからマリオネットマスターの死亡率が格段に上がった」
「事故死に見せかけるんでしたよね」
「そうだ、だから拘束服にはクリミナルが知らない機能がついている。時間経過による遅効性の毒だ……それを解毒できるのが私達マリオネットマスター。これは知っているな?」
「はい、作戦行動承認後。逃亡を防ぐために……ですよね」
絶対に漏洩してはならない対クリミナル用の毒の解毒薬を持っているのはマリオネットマスターのみ、だからこそクリミナルのマリオネットマスター殺しを……止めない期間があった。
「その内こう言われるようになった……マリオネットマスターを殺すと自分も呪いで死ぬと。皮肉なことにそれからクリミナルは慎重になった。アンダーテイカーは例外だが」
「……あいつはなんで、あんなに自由が認められてるんですか?」
「強いからだ……並のロウブレイカーや警官部隊では歯が立たない。今日の訓練を見ただろう? クラリスが疲弊しててもアイツはお前にへらへらと笑いながらちょっかいをかける暇さえあった。正直お前はアカデミーに送り返したいほどまだ未熟だ……だが、そうされない理由はたった一つ。アンダーテイカーのマスターになれた」
「……」
つまり、それはアンダーテイカーのマリオネットマスターを降りるのであれば居場所が無い事をカイは言っている。
そう、マリアは理解した。
「だが、それはどうでもいい」
「?」
「マリオネットマスターの初出撃の死亡率は50%、さらに言えばアンダーテイカーと初めて組んだマリオネットマスターは7割以上の確率で死亡する……」
「酷い数字ですね……」
「ああ、ほぼほぼ生き残れないからマスターになる者は少ない。なれても続かないマスターがほとんどだ。私も人の事は言えないが」
「!? カイ先輩、アンダーテイカーの担当したことあるんですか?」
「三回でギブアップした。挙句に左目は抉られたし……事あるごとに元担当だからとアイツの世話を押し付けられている」
「それは……大変ですね」
「だから…………お前は少し、自信を持っていい。少なくともここ数年のマリオネットマスターの中で一番しぶといし、何より……」
「何より?」
「諦めていない」
カイが真っすぐにマリアを見つめて言い切る。
「お前は、アンダーテイカーの援護を主眼に置いて立ち回る癖がある。それは裏を返せばあいつを信用していない事の証明だ」
「信用なんて……できません。あいつは……犯罪者です」
「その通りだ。信用する必要は無い、隙を見せればこちらが殺される」
「じゃあ、どうやって……私は……」
不器用なのはマリア自身が一番よく理解していた。
熱意と努力を買われて卒業したのだと自身では思っていた……しかしここ数日でその自信は粉々に粉砕されている。
「経験がすべてを好転させる。お前については私はそう判断した……」
「経験、ですか?」
「そうだ、まず一年……死なずに生き延びる事だけ考えろ。アンダーテイカーはなぜかお前を育てようとしている節がある……今までのマリオネットマスターでは考えられなかった事にな」
今生き延びているマリオネットマスターはいずれも一年を乗り切った後に安定していった。
その反面、一年を超えたあたりから荒んでいく者もまた多い。
「だから……あまり気負うな。実績を積めばそれだけ発言力は大きくなる。そこで改めて考えればいい」
カイの後輩で生き延びているのはこの6年で3名まで減った。
昨年に関しては全員カイの目の前で死んでしまう。
だからだろうか……マリアにはつい、厳しく、突き放すような言動を最初してしまっていた。
「改めて……」
「ああ、クリミナルと違ってマリオネットマスターは人数が少ない。ベテランになればなるほどその意見は優先される傾向がある。実際、この間のコンクヴィトの事件でアンダーテイカーの提案があるとはいえお前に出撃許可が下りたのは私の進言もあった」
「そういえば……」
「お前の目的はなんだ。マリア」
「警察の復権……です」
「なら、身体も鍛えろ。この一年、バックアップしてやる……」
椅子から立ち上がり、部屋を出ようとするカイにマリアは尋ねる。
「どうして、そこまでしてくれるんですか?」
ふとした疑問を口にしたマリアに、カイは……
「奴らが憎いからだ」
暗い眼差しでマリアにそう答えたのだった。
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