4:コンクヴィト

「最悪最悪最悪!!」

「口を閉じないと舌を噛むよ……本当にうるさいね今回のマスターは」

「何が悲しくてメイド服で初出撃しなきゃいけないの!?」

「時間が無いからだね……頑張りなよ公僕」


 バイクのサイドカーでサイレンよりやかましい悪態をつくマリアをにべもなく突き放すアンダーテイカー。

 警察による誘導で帰宅ラッシュにも拘らず道路をスムーズに走れている。

 このままなら数分かからず現場の銀行へ到着できた、が……随伴するパトカーの助手席から飛んでくるフラッシュ……。


「撮影禁止だ!! 撃つわよ!」

「それはやめた方が良いねぇ……出撃が取り消される」

「だって!?」

「諦めな……見えたよ」

「なんであんたの方がまともな格好なのよ!! 世の中間違ってる!!」

「そう言えるなら、まだアンタはマトモだねぇ」


 あまりにも煩いのでパトカーの誘導を破棄することにしたアンダーテイカーは、くい、とさらにスロットルを捻って彼らを置き去りにしようと加速する。


「拘束服ってあれじゃないの!? 白黒の縞模様のツナギみたいな!!」

「……偏見と養成所で座学をサボったのが丸わかりだねぇ。あたしらの拘束服は武器であり防具さ……何より」

「何より?」

「あんなダセェ服で人前に出るなんざ、恥ずかしくてやってらんないね」


 至極真っ当すぎるアンダーテイカーの言葉にそれはそうかとマリアは妙に納得してしまった。


「それに、お前は運がいい……その服もあたしの服と同じ拘束具だ。拳銃程度は豆鉄砲みたいなものさ……痣だらけにはなるだろうがね」

「ぼ、防弾?」

「防炎、防弾、対刃。出血時には各部のジョイントを締めれば圧迫止血。他はクリミナルの要望次第だねぇ……身をもって学べるじゃないか」


 話しながらもアンダーテイカーの視線の先に、封鎖テープとパトカーの壁が見えてきた。

 

「見えてきた……アンダーテイカー。止まって」


 マリアもその光景を見て、いったんバイクから降りて現場の警察官たちと打ち合わせを……そう考えていた。

 だが……


「馬鹿な事を言うな。このまま飛び込む。しっかり捕まりな」


 べろりと舌なめずりをしてアンダーテイカーはさらにバイクを加速する。


「え? ちょっと!! 指示に従って……」

「お前の仕事はあたしらが悦に浸って民間人を『つい』殺さない様に扱うお仕事さ。殺し合いの遊びで踊るのがあたしらクリミナル……さあ初仕事だ。がんばれ新人」


 ぐおん! とスロットルを思い切りふかし、クラクションを鳴らすと警官たちがこちらを見て一斉に散開する。


「葬儀屋のお通りだ。どきな餌共!!」


 道路に転がるコンクリートの欠片を思い切り踏んづけてアンダーテイカーは重心を背中に持っていった。

 バイクの前輪が見事に跳ねて壁になっているパトカーのボンネットに乗る。

 めきめきとひしゃげる音を置き去りにバイクが勢い良く跳ねた。


「きゃああ!?」


 必死にサイドカーにしがみつくマリアの悲鳴とバイクの排気音をBGMに、警官の頭上を軽快に飛び越える。

 人垣で隠されていた派手なネオンライトの貴金属店が緩いカーブの先に現れた。


「あそこだね」


 軽い浮遊感と流れる風の心地よさにアンダーテイカーは微笑む。


「うおえっ!」


 まるで正反対の反応を見せるマスターを放置して、アンダーテイカーは衝撃に備えた。

 大排気量のバイクはそれだけで数百キロ、加えてサイドカーに人二人分。

 サスペンションの限界耐久力に挑むかのような荒々しい着地に視界が一瞬ぐちゃぐちゃにかき回される。


「さあ、初出勤だ……吐いて泣いて学びな小娘」

「……」


 すでに意識が飛びそうなマリアを笑いながらアンダーテイカーはバイクを真っ黒な防弾塗装されたシャッターの前に横付けする。

 こすれたタイヤのゴムの匂いに混じる血の匂い。


「さて……」


 長い足を振り上げてバイクを降りる。

 真っ黒なウエスタンハット、足元まである革のロングコート、純白のブラウスに真っ赤なネクタイ。ゆったりとした黒のロングスカートに黒のロングブーツ。

 

「この拘束服も久々だね……」


 ぱん、と襟を正してコートの内側から葉巻を一本取りだした。


 ――ぶちり


 片方の端を歯で噛みちぎり、その辺に吐き捨て革のコートでマッチを擦る。


「こいつが無いと気分が乗らない……聞いてるかい? マスター様」


 たっぷりと嫌味を込めてマリアに声をかけ、ふかした紫煙をふう、と青ざめた彼女の顔に吹きかけた。


「げほっ……煙たい」

「しゃべれるなら大したもんだ。ほら、命令しておくれ。お前の命令が無いと拘束服が反応しちまうんだよ」

「今、する……アンダーテイカー。ロウブレイカーを殲滅しろ……」


 そう言って、マリアはスカートのポケットから端末を取り出してアンダーテイカーの名前をタップする。

 すると、カウントダウンが始まりアンダーテイカーの拘束服がきゅっとすぼまって体のラインにぴったりと密着した。

 のろのろとマリアはサイドカーから降りて、長い鎖がついた手錠と足枷をアンダーテイカーの四肢に繋ぐ。


「ひひ、これでいい。じゃあ準備をしようかね」


 バイクの後部に括り付けられた二つの棺を手に取り、ベルトで胸元を留め背中に背負うように括り付けた。

 

「じゃあ、生きてたらまた会おう。マスター様」

「あたしも……」

「お前じゃ中に入った瞬間にハチの巣さ……引っ込んでろ」


 それに、つい殺してしまうから。という言葉はひっこめる。

 今日は人間を殺さないと決めているのだから。


「じゃあ、まずは掘るかね」

「え?」


 次の瞬間、マリアが目にした光景は現実離れした戦いの始まりだった。




 ◆◇―――◆◇―――◆◇―――◆◇




「早くしろ、もう7分だ。いつクリミナルが来てもおかしくない」


 黒い覆面の上に暗視スコープ、黒い軍服と自動小銃を装備したコンクヴィトが手を急かす。

 銀行内の電源は突入の時に根元の電線から切ってあったので真っ暗だ。

 予備電源があるのは把握していた彼らはわざと突入と同時に緊急ボタンを自ら押して、本来なら侵入を防ぐシャッターを突入防止に逆利用する。


「在庫室はクリア、警備員と職員は全員殺した」


 一人の黒ずくめがコンクヴィトに報告の為に駆け寄り、貴金属のつまったバックを足元に置いた。

 じゃら、と中身が奏でる音にコンクヴィトは頷く。


「よし、お前の役割は終わりだ」

「え?」


 じゃこ、と額に突き付けられた銃口に黒ずくめが戸惑う。

 そんな彼にコンクヴィトは応えの代わりに引き金を引いた。


 ――タァン


 脳漿をロビーに撒き散らし、ゆっくりと男は倒れていく……


「在庫室は完了だ。下水の入り口は見つけたか?」


 コンクヴィトはそれを見下ろして服の襟もとにつけたマイクに向かい、他のメンバーに声をかける。


『今開通作業中だ。指示通り女を一人犯して剥いている』

「よし、時間通りだ……女を連れてこい。盾にする」

『分かった、おい。その女連れていけ』


 左耳のインカムに女の悲鳴が届く、しっかりと生かしておかなければ盾にならない。

 後三分で脱出に切り替える。

 

 すでにロビーにいた従業員と客は皆殺しにした。

 

「何とかなったか……」


 コンクヴィトはため息をついて紙煙草を一本、胸ポケットから取り出して安っぽいライターで火をつける。


 ――ガキン!!


「?」


 シャッターの向こうから何かを叩きつける音。

 何か投げつけてきたのだろうかとオフィスの奥のモニターで外の防犯カメラをチェックする。


「コンクヴィト、女を連れてきたぞ」


 奥の部屋からサブリーダーの黒づくめが全裸にされ、股から血を流す女を引きずってきた。


「まて、動くな……」


 手をかざし、コンクヴィトは黒ずくめの動きを制止する。

 その目はモニターの一角に釘づけられていた。


 全身を身体の線がはっきりするほどタイトなコートを着た女がつるはしを振り上げる。


「……運が悪いな。よりによってこいつか」

「なんだ?」

「クリミナルだ……棺を背負っている……逃げるぞ、アンダーテイカーだ」

「アンダーテイカー? この間マリオネットマスターが死んだばかりじゃ」

「……後任がもうできたらしい、見ろ。奥のメイド服の女だ……なんでクリミナルの拘束服を着ているのかはわからんが」


 ――ガキン!!

 

 画面の向こうでアンダーテイカーがつるはしを振り下ろすのに合わせてシャッターが鈍い音を立てた。

 

「……つるはしでこのシャッターは壊せねぇだろ。馬鹿なのかあのクリミナル」

「油断するな、下がるぞ」


 コンクヴィトが自動小銃のチェックをしながら奥のトイレに向かう。

 それに続いてサブリーダーも女を捨てて後に続いた。


 ――硬いねぇ。仕方ない。


 場違いなほどに通る女の声に、コンクヴィトの背筋に冷たい物が奔る。

 

 ――せーの。


「伏せろ」


 コンクヴィトが直感だけを信じて伏せた。

 

 ――ギザンッ!!!


 狭い店内の一角に斜めの線がひかれる。


「ぎゃっ!」


 コンクヴィトの言葉に反応できなかったサブリーダーの悲鳴を背に、身をかがめたまま進むコンクヴィト。

 次の瞬間、めきめきと鉄板がひしゃげる音が店内に木霊し……


「ああ、居た居た……やあ、採寸の時間だよ諸君」


 両手で隙間からシャッターをこじ開けてアンダーテイカーが顔を出す。


「……」


 無言でコンクヴィトは背中越しに閃光弾を放り投げた。

 耳を塞ぎ、目を閉じる。暗視スコープのスイッチまでは手が回らないので敢えて捨てる。

 ここからは一瞬の油断も一回のミスも許されない。


「お? 判断が早い」


 放物線を描いて自分に向かって来る閃光弾をアンダーテイカーは……無造作に右手でつかむ。

 

「でも甘い」


 ぐしゃり、と握りつぶし強制的に閃光と爆音を振りまくのを彼女は嗤いながら受け入れた。

 

「ひひ……あたしは鼻も良いのさ」


 こじ開けたシャッターから全く影響を感じさせない動作でアンダーテイカーはやすやすと店内に足を踏み入れる。

 内心、舌打ちを打ちながらコンクヴィトはやむを得ず自動小銃をアンダーテイカーへ向けた。

 閃光手榴弾を使ったせいで暗視スコープが使い物にならなくなったが、相手は目と耳が使えない。

 その前提であれば十分不意を打てるとコンクヴィトは冷静に判断する。


「死ね」


 碌に相手の姿を見れていないが、自動小銃のフルオート射撃ならばある程度目算で撃っても問題は無い。

 床に寝転ぶように背中を投げ出し、両手で銃を構えて引き金を引く。

 軽い発砲音が連続しながらアンダーテイカーを襲う。

 さすがにこれなら当たらないはずは……無かった。


「そこかね?」


 ――がガガガがガッ!


 それでもアンダーテイカーはスコップをかざして小銃の弾丸を防ぐ。


「!? くそっ」


 即座に効果が無いとして転身したコンクヴィトの判断は正しかった。

 次の瞬間、ものすごい勢いでスコップの先が一瞬前までコンクヴィトの居た場所を突き刺して床を破壊する。

  

「おや? 外れたかい? お前がコンクヴィトだね?」


 嬉しそうにアンダーテイカーが嗤う。

 やはり目が見えてないし、音も届いていなさそうなのに……とコンクヴィトが思考を巡らせた……。


「くそ、これか」


 アンダーテイカーの言う鼻が良い、にすぐに原因である火をつけたばかりの煙草を吐き捨てる。


「なんだい、もう気づいたか……ま、もう遅いがね」


 腰に下げたつるはしを手に取り、アンダーテイカーは匂いの元に向けて投げつけた。

 ぎゅん、と唸りを上げてつるはしの先がコンクヴィトの顔の真横に突き刺さる。


 恐ろしいまでのコントロールにコンクヴィトの顔が引きつった。

 しかし、まだ運命の天秤は彼に傾いている。


 ゆっくりと進むアンダーテイカーの足元に、先ほど斬られたサブリーダーが声をこそして潜んでいた。

 脇下を斬られたようだが意識ははっきりしていて、アンダーテイカーの動きに合わせて銃を構えている。

 それが見えたコンクヴィトは気をひくために砕けた床の欠片をアンダーテイカーに投げつけた。

 

「うん? 何だい今の……」


 こつん、と足に当たった物がわからずアンダーテイカーは首を傾げる。

 しゃがみ込んだらちょうどサブリーダーの構える銃口の先に頭が来るだろう、千載一遇のチャンスにサブリーダーも思わず口元が緩んだ。


 が……。


「こういう時は一度掃除が必要だね」


 おもむろにアンダーテイカーは両手を組んで、勢いよく振り回す。

 

「な!?」


 もちろん、アンダーテイカーの手には長い鎖が繋がっており……うなりを上げる鎖を手あたり次第たたきつけ始めた。


「きゃあ!」


 狭い店内で怯えながら震える店員の女性のすぐそばを鎖が跳ね回るが、当たらない。


「大人しくしなよ。動くと死ぬよお嬢さん」


 くひひ、と嗤い。

 鎖をぶんぶんと振り回して女性だけを避けて徹底的に磨り潰す。


「コンクヴィト、失策だねぇ……犯さずにいれば気づけなかったのに」

「化け物め……」


 何の匂いで気づいたかはすぐにわかった……本当に相性が悪い相手なのでしっかりとマリオネットマスターが不在なのを確かめて今回動いたのに……。

 まさか今日、たまたま来ていた新人がアンダーテイカーを連れてきたと知ったらさすがに彼も天を仰ぐだろう。


「なかなか当たらないねぇ」


 反対にアンダーテイカーは店内のガラスや棚を弾き飛ばし、砕いているがなかなか人へ当たる感触が帰ってこない。

 障害物の多さに若干イラついて来たアンダーテイカーは鎖をひき戻し、腕に巻く。


「モグラたたきって知ってるか?」


 右腕を振りかぶり、床につけて叩き込み始めたアンダーテイカー。

 その威力は床を軽々と砕く。

 店内を跳躍し、適当過ぎる狙いで次々と……


「逃げろ! トイレだ!」


 コンクヴィトがサブリーダーへ撤退を告げる。

 まだ目算でこちらを探るしかないアンダーテイカーの行動に一縷の望みを託して奥へと逃げようとした。

 しかし、運悪くサブリーダーは足を滑らせて前のめりにもつれる。


 ――ごきゃっ!!


 そこにアンダーテイカーの振り下ろす拳に飛び込み、悲鳴の一つも上げられずに頭蓋骨が弾けた。


「おお、当たった……ふひひ、今のはコンクヴィトかねぇ?」


 しっとりと濡れた拳にアンダーテイカーは下を這わす……。

 

「苦いねぇ……違うか」


 ぺっ、と血を吐き出して周りを見渡す。

 ぼんやりとだが、少しづつ視力が回復してきたのだ。


 ――タタン!!


 そんなアンダーテイカーの左胸に二発の弾丸が直撃して、もんどりうって彼女が倒れる。


「コンクヴィト、逃げるぞ」


 奥のトイレの方で作業をしていた黒ずくめの最後の一人が放った弾丸だった。

 硝煙をたなびかせ拳銃を油断なく倒れたアンダーテイカーに向けながら、コンクヴィトに手を貸す。


「良いアシストだった。行こう」


 本来なら追撃をして止めと行きたい所だが……


「ひっひっひ……もう一人いたのかね? 血の匂いばかりでわからなかったよ」


 むくり、と起き上がるアンダーテイカーの左胸から変形して潰れた弾丸がポロリと転がり落ちた。


「なんなんだあいつ」

「拘束服だ、特にあいつの拘束服は銃が効きにくい」


 手を引かれながら狭い廊下を走り、角を曲がり、トイレに着く直前。

 灯り取りの窓から何かが飛び込む。


 けたたましいガラスの破砕音の中、金髪と濃紺色のメイド服が舞い踊った。


「クラリス!? いや……」


 顔を上げた眼差しは黒く、拳銃をコンクヴィト達に向けて構えるアリス。


「手を上げ、武器を捨てて投降しなさい!」


 しかし、コンクヴィトは冷静かつ無造作に小銃を向けてフルオートで引き金を引く。

 連続する発砲音と衝撃に全身を打たれたアリスはその場に倒れた。


「なんだこいつ」

「しらん……行くぞ」


 ぐしゃりとアリスの左腕を踏んで、拳銃を蹴り離すと二人は無視してトイレに向かう。

 後すこし、トイレの床に開けた穴から下水に逃げれば小型のジェットボートで逃げられる手はずだ。

 転がり込むようにコンクヴィトは穴に飛び込み、もう一人もそこに飛び込む。


 がたん、と……先に小型ボートの上に着地したコンクヴィトが操舵輪を握ってエンジンを始動させた。

 

「行くぞ!」


 振り向き、最後のメンバーに声をかけたが……返事も下半身も無かった……。

 ちょうどおなかの部分で切断されたようでキョトンとした表情のまま、何かをしゃべろうと口を動かす。


 ――ごぼり


 声の代わりに血の塊を吐き出して、そのまま男は絶命した。


「くそ」


 スロットルを全開にして下水を突き進むコンクヴィトの背中に、反響したアンダーテイカーの声が迫る。


 ――また会おう、咎人。今日は見逃してやる。


「……厄日だ」


 入念な計画の元にあの店を狙ったのに、一番来てほしく無い相手が来たのだ。

 生きてるだけでも幸運。

 そう思い込んでコンクヴィトは……元クリミナルは逃亡に成功した。

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