第80話『後4日、フットサル大会Ⅲ』
決勝トーナメント一回戦を大差で勝ち、残るは決勝戦。
決勝の相手はブレンド茶販売促進チーム。ブレンド茶と聞いて勝手に年配者が多いイメージをしていたけど、このチームは二十代が多く三十人規模のチームだった。その中に六十代くらいの男性が数人混ざっている。
「サッカーチームも作れる人数だな」
参加規程の緩い大会にはいろんなチームが参加してくる。あの人数にはサリも驚いていた。
最初の説明を聞くため全てのチームが集合した時、他のチームは全て縦一列に並べていたが、このブレンド茶販売促進チームだけは縦三列になっていた。
「経験者は五人くらいかな」
「よくわかるよな」
「ボールの蹴り方や受け方見れば、だいたいね」
決勝戦の前に三十分の休憩が挟まれた。
「休憩なんて必要ないのに」
「それはサリ嬢だけなのです。ボクはいまだに疲れが抜けません」
予選にしか出ていないのにレンサクは地面に座り込んでぐったりとしている。レベル抑制リストバンドの負担は個人差があるのだろうか。
「今まではレベルの高さで補っていたモノがなくなった。レベル10では私やレンサクは一般人以下の体力になったようだな」
一番出場時間が短かったはずのケンジは足を攣ってしまったらしい。
靴を脱いで待機スペースにてくつろいでいる。
「ケンジッチ、もう試合に出る気ないでしょ」
「決勝戦だぞ、私が出ても試合を壊してしまうだけだろ」
「僕も棄権でお願いします」
ケンジとレンサクがリタイア宣言。これで控えは一人だけとなってしまった。別に誰が出てもいいけど。
「決勝のメンバーはどうする」
「そうだね」
「あの、少しいいかな」
メンバーをどうするかサリと話し合っていると、決勝で戦うブレンド茶チームの二十代くらいの人たちが話かけてきた。
「君たち高校の部活チームだよね」
「そうですけど」
「いいね若いって、女の子が多くてうらやましいよ」
「はぁ」
予選の時の高校生チームにも似たような事を言われたが、今回は話し方が柔らかく嫉妬しているわけではないようだ。
「これ、こんどウチの組合で売りに出す特製のブレンド茶なんだ、よかったら飲んでみて」
差し出されたのは水筒だった。
なんで試合前に話かけてくるんだと不思議に思ったら、営業であった。周囲を見れば、ブレンド茶チームの他のメンバーが負けたチームにもお茶を配り歩いている。
「ありがとうございます」
「あ、上じゃなくて下を持って」
俺が受け取るために水筒の上を掴むと、下の本体がすっぽりと抜け落ちた。すぐに飲めるようにと、カップの蓋は緩めてあったのだ。
「アツ」
中身はこぼれ俺の両足をホットにした。
熱々のお茶だったのか。
「ごめん、すみません!」
「ああ、このくらい大丈夫です」
常人ならあまりの熱さに飛び上がるかもしれないけど、このくらいの熱さなら、火の海を歩いたことのある俺にはたいしたことはない。
「すみません、すみません!」
おろおろしすぎる二十代のお兄さん、先ほどまでの落ち着きはどうした。
「あッ!? すごい火傷に、どうしようすぐに冷やさないと」
「これは違うんです。古傷ですので気にしないでください」
結局、俺の足の火傷の跡を見てパニックになった、お兄さんを宥めるだけで三十分たってしまった。俺が試合に出ると向こうのチームが気にしてしまいそうなので、控えに回り、女性陣プラスタンガでスタート。
経験者はそれなりだけど、サリの方がうまかった。
これまでの対戦から考えると、実力は高くない。それなのにどうしてブレンド茶チームが決勝までのこれたのか、それは物量であった。いくら体力があっても一試合全力で動き続けられる人なんていない。
しかし、ブレンド茶チームはワンプレイに全力、どの場面でも全力疾走をして、少しでも疲れたら控えと交代、この大会に交代回数の上限がないので何度でも交代できるから取れる特攻戦術。
サリがボールを持てば三人掛りで奪いにくる。
テクニックで交わしても全速力で追いかけてきて包囲しようとする。そして疲れたら即交代。
「ある意味、恐ろしい戦術だな」
「それもあるだろうが、サリの動きが良くないから包囲されているんじゃないか」
「だろうね」
サリの動きが不調、それは試合が始まってすぐに俺も気が付いた。原因はわかっている。俺の足の火傷痕を見たからだ。
「気にしなくてもいいって何度も言ったんだけどな」
「そう簡単に割り切れるモノじゃないだろ」
ケンジの視線が俺の腹に、ここには大穴が開いた痕がある。
この腹の傷はケンジを庇った時に付いた傷だ。
そして、この両足の火傷痕はサリを助ける時にできたもの。
記憶を失っていた時はいきなり傷跡があってビックリしていたけど、この体の傷は仲間を守ってできたモノだった。俺は気にしなくてもいいと言い続けているが、誰一人聞いてくれない。
狙ったわけじゃないけど、なんと仲間七人全員を俺は庇って負傷していた。しかも痕が残る形で、そのせいで仲間は今でも意識してしまっている。
「本当に気にしなくてもいいんだけどな」
「それは難しい相談だ、逆の立場になって考えてみろ。もし、お前を庇ったヒカリの体に一生消えない傷ができてしまった場合、お前はヒカリに気にするなと言われたら、すぐに忘れることができるか」
「無理です」
考えるまでもない。
俺のせいでヒカリの体に傷をつけてしまったら、間違いなく一生引きずるね。
「つまりは、そういうことだ」
「……わかりたくないけど、わかったよ」
忘れろは無理、だったら無理やりにでも気持ちを切り替えさすしかない。
立ち上がり軽く足首を回して準備運動。
「どうするつもりだ」
「口で言ってもダメなら、行動で示すしかないだろ」
見た目が少し変わっただけで、すでに傷は完治している。全力でボールを蹴っても痛みは出ないのだとサリの前で見せつけるしかない。
「ホカゲ、悪いけど交代してくれ」
「了解」
これまで一番試合に出ていたホカゲに頼んで、俺はグラウンドに入る。
「サトッチ」
「どうしたサリ暗い顔してるぞ、全力で楽しんで優勝するんだろ」
俺はサリに向かって、自分ができる最高の笑顔を作ってみせたのだが。
「プッ、サトッチ、とっても胡散臭い顔になってるよ!」
何故か爆笑されてしまった。
ちなみに、元気を取り戻したサリの活躍と、泥臭く必死に駆け回った俺の少しの貢献でフットサル大会で優勝することができた。
小さいくて軽い優勝カップをもらい、チームメンバーで集合写真を撮ってもらう。近日中に運営のHPにアップしていいかと聞かれたのでOKをしておいた。
これでまた、みんなとの想い出が一つ増えた。
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