我らはアマコ― ! ~ユリシーズ~

山岸 央也

第1話 爛れた関係ですもの

「……また、間違えましたね。先輩」

 組 和代は熱く、囁いた。

「うっ……」

 甘ったるい声に、久瀬 夏子は身震いする。

「そこのリズムはタータターじゃなくてー、タッタターですよぉ」

 和代は夏子の両肩に指を絡め、軽快なリズムを叩いた。

「う、うん。タッタターね……頑張る」

 夏子は頬を染め、生唾をごくりと飲み込んだ。

「どうかされましたぁ?」

 和代は赤面する夏子の顔を覗き込んだ。

「ひゃっ!」

 夏子は素っ頓狂な声を上げる。心拍の高鳴りを感じ、思わず胸を抑えた。

「が、頑張る……頑張るよ!」

「……もう、聞き飽きましたぁ」

 和代は乳房を、夏子の背中に押し付けた。

「もっと、違う言葉が……欲しいです」

「あ! ご、ごめ――」

「違いますぅ」

 和代は夏子の頭をひっぱたくと、その首に爪を食い込ませた。

「ひっ、あぁ! 許して」

「……だからぁ、違うでしょう」

 和代は椅子を思いっきし蹴とばすと、机に飛び乗った。

「楽譜が――あぅ!」

 夏子の楽譜が宙を舞う。

「楽譜なんか、どうでも良いでしょうが」

 和代は爪を更に食い込ませた。

「うぐ、だ、だい……!」

 夏子はフルートを握りしめ、痛みに悶えた。

「ん? だい……?」

「だ、大好き……組ちゃん、大好き!」

「組って言うな!」

 和代は夏子の耳を齧った。

「ひゃん!」

 夏子は力が抜け、崩れ落ちた。鈍い音と共に、フルートが転がる。

「か、和代ちゃん!」

「そうですよね、お利口さんです」

 和代が手を放す。夏子はへなっと倒れこんだ。

「もう……終わりだよね?」

 夏子は和代を見た。乱れる制服、湿った髪、極めつけは……

「何、その上目使い」

「え?」

 和代は彼女の首に両手を伸ばす。

「あぇ、え、えぇ……うぐっ!」

「わざとでしょ、先輩」

 和代は指先に力を込め、その首を締め上げた。


――ギュウゥ!


 和代はより、力を込める。

「あが、がが……!」

「どうです? い、痛いですか、苦しいです……っか!」

「がが……ぎっ!」

 夏子は壊れた玩具のように震え出した。その手が、和代のスカートを掴む

「まだまだ……です」

 1秒、10秒、30秒……60秒。まだ、止めない。

「ぐ、ぐるじっい!」

 夏子の鼻から血が垂れる。夏子は白目を剥いた。

「死んじゃえ! 死んじゃえ!」

 和代は叫んだ。遠くの方で、どよめきが聴こえる。

「あが、ごべん……ごべん……なざい!」

 夏子は必死に、訴える。

「あはは、聞こえませんよ!」

 和代の目は血走っていた。涎を垂らし、まるで獣のようだ。

「じぬ、じんじゃう……!」

 和代の身体を、悦びが駆け巡った。彼女の貌が、邪悪に歪む。

「貴方、先輩でしょう! 我慢してみなさいよ!」

「か、和代ちゃん。だいっすき、愛してるっ……だから、こ、殺さないで!」

 夏子が叫んだ。

「あっ……」

 和代は途端、手を放す。夏子は大きく、息を吸い込んだ。

「――おえぇぇ!」

 夏子が盛大に吐いた。

「せ、先輩、愉しかったですかぁ……!」

 夏子は気絶していた。辺り一帯に強烈な悪臭が立ち込める。

「汚いなぁ」

 和代は吐瀉物を掬い上げ、夏子の髪に絡めた。

「ホント、ダメな人……」

 和代はスカーフを外した。そして、夏子に覆いかぶさる。

「私だけの……」



――真夏の昼下がり、淡い影が校舎に落ちる。涼風も無く、不快な湿り気が教室に漂う。

 和代の膝で、夏子が眠っていた。

「なんて、可愛いの……」

 掃除はしたが、臭いは依然する。夏子の制服は鼻血やら、胃液やらでぐちゃぐちゃだった。

「二人だけの、特別な時間」

 誰も来ない。見ない。それとも……

「先輩の、匂い……」

 和代は夏子の額に、そっとキスをする。

「先輩が悪いんです……こんなに虐めてるのに……こんなに幸せそうだから」

 和代は静かに、目を閉じた。

「先輩……」

 イタミが愛を確かにする。


『――愛してる』

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