消えた幼馴染み

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消えた幼馴染み


 あの日、俺の幼馴染おさななじみが消えた。


 俺と優奈ゆうなは幼稚園から高校までずっと一緒だった。

 誰よりも俺の事を知っていて、理解してくれる。

 そして何より、とても可愛い。


 恋人の関係になることは一度もなかったが。

 きっとあいつも今の距離を壊すのが勿体ないくらい、俺との関係を大事に思ってくれていたんだと思う。


 だから、罰なのかもしれない。


 あの日俺が告白なんてしなければ。

 変わらぬ日常が続いていたのかもしれない。



 そう愚痴をこぼした相手も俺の幼馴染みだ。

 この達也も優奈に負けないくらい長い付き合いになる。


「何があったんだよ」


 一週間学校にも行かずに、家に引きこもっていた俺を心配して、わざわざ様子を見に来てくれた優しい友人に、俺は重い口を開いて語り始める。


「優奈が居なくなったのは俺のせいなんだ」



────夏休み最後の日。


 俺は優奈ゆうなを誘って地元の祭りに参加した。

 町内にある山の上の神社で行われる祭りで、それなりに出店も出ている。

 この日のために、バイトをして少しばかり軍資金を貯めていた俺は、遠慮する優奈ゆうなにこれでもかとおごりまくる。


 優奈はというと、浴衣ゆかたを着ていつもと違う雰囲気を醸し出し、うっすら口紅まで引いていて。その唇に吸い込まれそうになる気持ちを抑えるのに必死だった。


 もう俺は優奈に対する気持ちが抑えられなくなっていたんだ。



 神社主催の祭りが終わりをむかえ、高校生の俺達にも、今日だけ特別に遅く設定された門限が迫ってくる。


 俺は今日告白するつもりだったのだが、未だ言葉にできていない。

 10時で閉まってしまった屋台をぼーっと二人で眺めて時間が過ぎて行く。


「ごめんサトシ、そろそろ帰らなきゃ」


 残念そうにそう言いながら、俺が貸したハンドタオルを神社の石段と浴衣の間から引き抜いて、俺に返してくる。


「あ、えっと。ほんと、もう少しだけ……」


 ああ、意気地がない。

 そんな言葉しか言えないのか俺は!


 いつもと違う雰囲気の俺に、戸惑う優奈。

 それでも、星を見るようにしながら待ってくれていた。


 しかし、言葉を紡ぐことが出来ず、これ以上彼女を引き留めては嫌われてしまうのではないかという気持ちにすらなってきて、勢いよく立ち上がる。


 驚いたように目を丸くした優奈は、俺が何かを言うと思ったのか、少しの間様子を伺っていたが。


「帰ろっか」


 と言って、結局何も言わない俺をうながした。


「なんか、待たせてごめんな」


 そういいながらスマホを見ると、思ったよりも時間が過ぎている。

 このまま帰っても門限を過ぎてしまうだろう。

 かといって、浴衣の優奈を走らせるわけにもいかない。


「もうこんな時間、ごめん! 怒られるんじゃない?」


「あはは……大丈夫だよ」


 口ではそう言うが、俺は彼女の家庭環境は知っているつもりだ。

 父が厳格で、今日も特別にこの時間まで許しを貰ったのだろう。

 門限を破るようなら、外出禁止だけで済むだろうか?



「そうだ、神社の裏の道を通ればまだ間に合うかも!」


 この神社は山の上にあって、階段を降りてから家に戻るには、この山を迂回する他はなかった。

 だったら、裏の道から直接家側に降りればかなり時間が早い筈だ。


「え、でもあの道怖いよ」


 確かに、昼間でもすこし薄暗く、細い道だ。

 となりに江戸時代の墓地があり、いくつかのお地蔵さまが並んでいるのも怖さの原因だろう。


 しかし、時間に間に合うためにはこちらの道を通るしかない。

 それに、ここで格好いいところを見せておけば、さっきまでの意気地無しの俺を、挽回できるのではないかという淡い期待もあったと思う。


「大丈夫、俺が居れば怖くないだろ?」

 そう言い、半ば強引にその道を通ることにした。


 スマホのライトを照らしながら道を進む。

 子供の頃から遊び場にしている場所だ、道に迷うことはない。

 しかし、夜にここを通るのは初めてで、いつもと違う雰囲気にごくりと唾をのみこむ。


 ガサガサと葉っぱが揺れた瞬間。

「キャッ」

 小さな叫び声を上げた優奈が俺の手を握った。


 温かく、柔らかいその手を握ったとき。

 抑えきれなくなった気持ちが、別の勇気を呼び起こさせた。


 握った手を自分の方に引っ張ると、慌てる優奈の体を抱き締めた。


「好きだ。優奈が……好きだ」


 こんなタイミングのはずでも、考えていた告白の台詞でもなかった。

 しかしその言葉は勝手に口から溢れ出て、今までの二人の関係を一気にひっくり返した。


 優奈は何も答えない。

 告白の是非が聞こえないまま、数分抱かれつづける。



「……サトシ……門限過ぎちゃう」


 その声にはっとすると、ようやく彼女を解放した。

 ずっと下を向いていた優奈は、顔を上げて。


「ありがとう」


 と言った。

 それは笑顔だったが、イエスでもノーでもなかった。


 俺はどうやら、やってしまったのかもしれない。



 そこからは何だか気まずくなって、何もしゃべらないまま山を降りていった。


 さすがに墓地やお地蔵さまが居る場所では、震える優奈の手を握ることにした。


 そんなこと、今までは無かったのだけど。

 さっきまで抱きついていたのだ、手を握るくらいは許してくれるだろう。


 そうして、進んでいくと。



 暗闇の中、前から誰かが来る。



 優奈は握った手に力を入れてきた。下を向いて、カタカタと小さく震え始めたのがわかる。


「大丈夫さ、きっと祭りの片付けに上がってきてるんじゃないか?」


 そういう俺も、その人物とすれ違う時に顔を見てぎょっとした。



 それは『俺』だったからだ。



「うわぁぁああ!」


 叫ぶ俺の声に驚き、優奈もパニックになる。足元の木の根を踏んだのか、そのまま地面に尻餅を付いてしまった。



 『俺』はその様子を無表情で見ていたが、不意に口を開けた。


 その口はどこまでも開いてゆく。


 鋭いたくさんの歯に、粘着質なよだれが糸をひくのを動けないまま見ていた。


 もはや顔の原型をとどめない程に開くと、そのまま尻餅をついていた優奈の上半身にかじりついた。


 何が起こっているのかわからなかった俺は、ただただ足をバタバタとさせる優奈を見ているしか出来なかった。


 そして、まもなくその動きは止まり、『俺』の口元からはみ出ている美しい浴衣が、血で染まっていくのを見ていた────。




 ここまで語ると、いくら幼馴染みとはいえ、目の前の親友も俺の話を疑っている様子だ。


「そんな話信じられるかよ」


 確かに荒唐無稽こうとうむけいに映るだろう。

 しかし、俺が経験したのは間違いなく事実なんだ。


「実際、優奈は行方不明なんだよな?」


「それはそうなんだけど……」


 俺は朝になって、その場所に気絶しているのを警察に保護された。しかし、優奈だけはどこを探しても見つけることは出来なかったという。


 もちろん警察に色々聞かれたが、俺は本当の事は話さなかった。

 どうせ、怖い夢でも見たのだろうとバカにされるだけだから。


 だからこそ付き合いの長いコイツだったら、俺の話を信じてくれるかもしれないと思って話したのだが……


「だいたいさ、人食いの化け物に出会って、なんでお前だけ無事なんだよ」


「それは……」


「だろ、信じられないよそんな話」


「どうしても?」


「無理だろ、常識的に考えてさ」


「これでも?」


『俺』は大口を開けると、親友を飲み込んだ。

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