第30話 バイオリンは裏切らない

 断片的な記憶がキュルキュルと脳裏をかすめ、忘れられていた小さなころの記憶が戻った。今までにだって、記憶が戻るタイミングなんていくらでもあったでしょうに。お母様がどういう魔法をかけたのかは、今となってはわからないけれど。 


『死曲』

 お母様が『世界中の人が幸せになれるように』と、研究していた曲の。人が最も嫌がる音と不協和音、音を重ね合わせた曲が『死曲』となった。だから楽譜はぐちゃぐちゃで、生理的にも身体的にも不快だったにもかかわらず、幼かった私は暗譜してしまった。


 私を人質にしたは、お母様を使って組織のトップになった。けれど、火事の時にあっけなく死亡。たぶん、組織の裏切りによって殺されたと思われる。お父様に復讐をすることは不可能だけれど、お母様を苦しめて私腹を肥やした彼らは許せない!


 マーティンが火事の後についた嘘。

「ゆづり様のお母様とは幼馴染おさななじみでした。子供の頃から賢い方でしたし、音楽の才能もおありでした。大学に入ってからは、バイオリニストの道より音楽についての研究を選ばれました。その研究に興味を持たれたのが、ゆづり様のお父様でございます。


【おふたりはそのまま結婚をし、ゆづり様、凜様がお生まれになりました。ただ…お母様は知らなかったんです。お父様がテロ組織の人間だった事を。】


 知らず知らずに、お母様の研究はお父様に利用されました。その完成した研究は、まだ幼かったゆづり様にお渡しになられたと聞いております。その後特に変わったこともなく、ゆづり様は成長されましたから。何故、今になってこんな事が起きたのか…」


 は本当の父ではなかった。凜も本当の妹じゃなかった。なぜ、マーティンは嘘をついたの?

 


 記憶を取り戻して、1年後。パソコンのメールに不明なメールが届いた。迷惑メールかと思い、消去しようとしたがそれは勝手に開き…そこには200名の殺戮リストが書いてあった。

「そんな、酷い。罪もない人たちを殺すなんて!」

 きっとお母様もこうやって利用され続けていたのね。そう思うと悔しさで涙が溢れてきた。

「ゆづり様、どうされました?」

「あ、…。」

「ちょっと失礼します。ふむ…。」

「罪もない人たちを殺せだなんて。」

「きっと、試されているのでしょう。ゆづり様、お任せください。先日お話いただいたをこの場で始めましょう。予定通り、コンサートは開きましょう。ただし、名簿をすり替えます。お母様を苦しめ、私腹を肥やした彼らに責任を取ってもらいます。」

「どうやって?」

「こういうのは、専門デリアに任せましょう。」


 コンサート当日は、3名の欠席者。

 それでもいい。バイオリンが弾けるなら。


 今夜は私が死の曲を弾いてあげる。


 

 

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