第28話 消息

「もう退院は近いですよ、よかっ…」

 そう言いかけた看護師の目は大きく見開かれた。首、一直線に血が噴き出し、看護師はガクガクと痙攣しながら床に倒れた。赤い水しぶきに染まった白いカーテンがふわりと揺れた。



 松村とゆづりは向かい合って座っていた。

「ここんところ、しょっちゅう警察に来てもらってるねぇ。」

 ゆづりは苦笑し、心の中で思った。

(すみません、本当にお疲れ様です。)

「まあ本来なら一之瀬も同席させたかったんだが、今回ばかりは身内だから自宅にいるんだ。あ、コーヒーでも飲むか?それともお茶がいいかな。お嬢様の口に合うかはわからんが、ここのは美味いぞ。」

「お茶をいただきます。」

「オーケイ。おーい、お茶を持ってきてくれ。」

 松村はドアの外にいるであろう、同僚に声をかけた。

「さて、嫌なことを思い出させてしまって申し訳ないんだが、一之瀬の弟を見たときの状況を聞かせてもらえるか?」

「ええ、わかりました。」



「お腹に時限爆弾が仕掛けられていて…。」

「なぜ時限爆弾だとわかった?」

「アラームのような音が鳴って、タイマーと思われる装置に赤い数字で10からカウントが始まって…」

 話の途中で、別の刑事が入ってきて松村にメモを渡した。

「なんだって!!」

 ガタン!!

 椅子からいきなり立ち上がり、松村はゆづりの顔を見た。

「どうかされましたか?」

「また…。」

 ゆづりは顔を傾げた。

 松村は机に手をかけ、ひと呼吸した。

「神代凜さん。」

「え?」

「ゆづりさんの妹さんが病室からいなくなったそうだ。何者かに連れ去られた可能性が高い。そして…、落ち着いて聞いてくれるか?」

「はい。」

 ゆづりは緊張した。何が起こったのか…。

「同じ病室で看護師が死亡していた。首を切られて。」

「そんな…。」

「今、付近を厳重に捜査しているそうだ。」

「私も行きます。」

「いや、お嬢さんはここにいてもらった方がいいだろう。非常に危険だ。」

「でも…。」

「なぁ、あんた。やっぱり、なにかに巻き込まれてるんじゃないのか?」

「わかりません。」

「ま、今はそんな話をしている場合じゃない。俺は現場に行く。誰かをここへよこすよ。」

「あの、私…ここにいても落ち着かないので自宅に帰ります。マーティンに迎えに来てもらいますから。」

「わかった。念のため、自宅周辺を誰か警備にあたらせよう。」

「ありがとうございます。」



 マーティンが迎えに来たので、車に乗り込もうとした時だった。

「神代さん!」

 聞き覚えのある声、一之瀬晃だった。

「一之瀬さん…ご自宅にいたのでは。」

「いや、さすがに。妹さんがまた消息不明だと聞いて、しかも状況が…。」

 一之瀬は走ってきたのか息を切らしていた。

「心配してくれてありがとうございます。私はマーティンと一度自宅に戻るところですし、警察の方からの連絡を待ちます。」

「そうか、わかった。あ、あと。弟は最後になにか言ってなかったろうか。」

「…。」

「え?」

「私に、逃げろと。」

「あいつ、自分の事より君のことを…。」

「助けてあげられなくて、ごめんなさい。」

「いや、きっともう、どうしようもなかったはずだから。そんな状態で冷静にそんなことを言える奴だったんだなって。あ、引き留めてしまって申し訳ない。帰ったらゆっくりしてください。僕も捜索に加わります。」

「一之瀬さんも気を付けて。」

 そう言い残したタイミングで、車は走り出した。

「ゆづりさま。」

「もう、いけないわね。」


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