第22話 仲川の正体

 仲川が指定してきた場所は、廃屋のビルだった。窓は空き放たれていて、コンクリートの壁がむき出しになっている。使っていた会社が倒産でもしたのか、デスクやロッカーなどはそのままになっていて、古めかしい書類は床に散乱していた。

 もう夕方から夜に向かって、空はどんどん暗くなっていく。カチッ。壁のスイッチに触れたが切れていた。明かりはわずかな夕焼けと携帯電話のみ。外の街頭はあってないようなものだ。


「お待たせしちゃったかな?神代ゆづりさん。」

 仲川の声が壁に反響する。

「あなたはなにがしたいの?」

「あれ、わからないのかな?」

「誰かを雇って偽の証言をさせて、私を刑務所に入れたかったのかしら。」

「だってさ、は君が拳銃で殺したでしょ?僕、見てたからさ。でも、僕が見たって言っても話がおかしいことになるし、代わりに証言してもらったんだよね。どう?楽しんでもらえたかな?」

「話はそれで終わり?」

「いやいや、待ってよ。もう知ってるんでしょ?僕が誰なのか。」

「誰でもいいけど。」

「僕はね、君のお義兄にいさんなんだよ!美しい再会だと思わない?」

 ふう…とゆづりはため息をついた。

「母親は違うけれど、父親は一緒さ。ただ父は、母と母のお腹にいた僕を捨てて、君のお母さんと結婚しちゃったけどね。許せないよね。そんなの。」

「言っておくけど、それはあなた達親子だけじゃない。他にも沢山いるわ。その中には、父が見たことも聞いたこともない女性までね。だから、ひとりひとり相手にしてられなかった。ただ、ここまで執念深く追って義兄あにを名乗るのはあなたくらいかもね、仲川さん?」


「はは。なんでお前はあの火事で死ななかったんだろうな?お前も死ねばよかったのに。」

「やはりあなたが火をつけたのね。あの日、屋敷に訪問したのはあなただった。でも、それはあなたのじゃないでしょう?」

「さあね。」

「もう、話すことはないわ。二度と会うことはないでしょう。さようなら。」

「待ちなよ、まだ僕の用は済んでないよ。」

 仲川は、立ち去ろうとするゆづりを引き留めた。

「君は今日、ここで自殺してもらう。あのオバサンを殺した罪でね。」

 仲川の視線の先に、黒いゴミ袋があった。

「おばさんって。まさか!」

「そう、クッソも役に立たなかったオバサン。でも、やっと役に立ってくれるよ。」

 そう言いながら仲川はナイフを取り出した。

は関係のない人を巻き込む。」

「おいおい、君だって沢山殺してるじゃないか。任務ミッションでさ。でも、あれは、毒使いのマーティン・ホフマンがやっているだけで君は演奏をしてるだけ。バイオリンを弾いて殺してるように見せかけて、実は何もしちゃいない。だから、橋本を殺す時は拳銃を使ったんだろう?ハハッ!笑わせる…。弾いてみろよ、バイオリン。僕を殺してみろよ。」

 仲川は大声で笑い続けた。ゆづりは、あらかじめ持参してきたバイオリンのケースを開けた。

「そうね、私がバイオリンを弾いてもあなたは死なない。」

 ゆっくりとバイオリンを奏でる。仲川は笑いながらそれを眺めた。

「なぜなら、あなたは生きながらにして地獄を味わうの。」

 その瞬間に曲は変化した。今まで笑っていた仲川の顔が、稲妻が走ったように変化した。

「ウグッ!グァ…ガガガ。」

 奇妙な声を荒げながら、両手で顔を抑えた。

「か、かおが…崩れ…。あーあーあー!」

 仲川は床に転がり、足をバタバタとさせた。

 ガラスの入ってない窓から月の明かりが、ゆづりを照らす。

「あなたは死なない。でも、体中の神経が麻痺して正常に動かなくなってるの。残念な事にもう刑事ではいられない。ううん、それどころか人としての人生は終わり。一生、恐怖に怯えて生きるのね。」

 ゆづりはバイオリンを弾くのをやめた。

「私が橋本を拳銃で殺したのはね、彼にそんな価値すらなかったからよ。」

 仲川は丸くなり、ガタガタと震えながらよだれを垂らしていた。

「今度こそ本当に、さようなら仲川さん。」


 ビルの外に出ると、マーティンが迎えに来ていた。

「終わりましたかな。」

「ええ、任務ミッション完了よ。」

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