第20話 記憶
あの日、僕は公園で熱中症で倒れた。同じ日に同じ公園で、人が殺された。僕が運ばれた入院先の医者だったらしい。なぜ僕は公園に行ったのか、覚えていない。運んでくれたのは、僕と同じ大学の女の子らしい。病室でずっと付き添いをしてくれて、僕が目を覚ました時には会話してたと看護師さんから聞いたのだけれど…熱中症の後遺症なのか僕の脳が溶けたのか、そのことも覚えてはいない。
カミシロ…?
思い出そうとしても頭がすっきりできない。ただ女の子の『クス…』と笑った声が脳裏をかすめていく。
警察や兄さんに、公園で不審な人物を見なかったか?と聞かれても、公園に行ったことすら覚えていない僕に答えようもなかった。
「無理しなくていい。きっと疲れたんだろう。亮、もしなにか思い出したら教えてくれよ。」
「うん、もちろんだよ、兄さん。」
「申し訳ないのだが、あの日弟が君に助けてもらったことを覚えてないんだ。」
「そう、ですか…記憶喪失ですか?」
「そうだね。たぶん。一時的な事かもしれないけれど。でも、助けてもらったのに本人が覚えてないとはいえ、きちんとお礼も言えないのが申し訳ない。」
「一番大変なのは一之瀬君ですから。お大事にしてください。」
「それにしても。マーティン・ホフマンさんは、よくすぐに助けに来れたね。」
「マーティンは私の送迎があるので、いつでもすぐに迎えに来れるよう近くで待機してます。」
「それは凄い。君のことが大事なんだね。」
「小さなころからずっと一緒で…」
言いかけて、神代ゆづりは寂しそうな顔をしたが、すぐに話を切り替えた。
「あの日、大学の論文のために購買部で本を買ったんです。すぐに読みたくて近くのベンチに座ってたら一之瀬君が隣に座って、そのあとに刑事さんが来て。一ノ瀬君と顔見知りなんだなと思ってたら、話しかけられて。」
「今日はオフでね!たまに大学の雰囲気を味わいたくって、購買部にはよく来るんだよ。」
「では私は失礼します。」
「神代さん、モスクワの事故には巻き込まれませんでした?」
「それは聴取ですか?」
「いやいや、今日は僕、オフなので…」
「正直、読書の邪魔だったのでその場を離れました。公園の噴水近くのパーゴラは私のお気に入りの場所で、そのまままっすぐ読書しに行きました。キリの良いところまで読み終えたので、マーティンにいつもの入り口の場所へ迎えに来るように連絡したんです。そしたら途中で倒れている一之瀬君を見つけて。救急車よりマーティンに運んでもらった方が早いと思って、そのまま病院へ。」
「仲川が…それは大変失礼しました。」
任意同行での会話のやりとりを思い出しながら、いままでの仲川の行動を振り返った。そして、任意同行の時の…仲川が神代ゆづりを見る表情。仲川は何かを隠してるのか?犯人を追っているはずなのに、一之瀬晃はどんどん深い闇に包まれていくようだった。
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