第19話 不穏の影

 一之瀬晃が戻ってくると松村が声をかけた。

「一之瀬、ちょっとこっちに。」

「はい。」

 松村のひとことめは「仲川がおかしい。」だった。


「仲川の目撃者に対する態度も明らかではあるが…。目撃者の証言もかなり曖昧で、深く探ろうとすると仲川が止めにはいる。本当は目撃をしていないんじゃないかというのが俺の見解だ。きめては拳銃で撃った時の構え。目撃した主婦は、身振りで片手で撃っていた。けれど現場に残された拳銃は、男でも片手でなんて撃てやしない重さだ。かなり無理がある。それにはずの、神代ゆづりの顔を見て断定するのがやけに早かった。見たという場所から現場までの距離を検証しても、見える距離ではなかった。」

「僕も神代ゆづりに話を聞きましたけれど、あの日非番の仲川が大学に行って、僕の弟の亮と神代ゆづりに会ってます。なんの用もなく『たまたま偶然』にしては不自然です。しかも、ロシアのモスクワで起きた事故の話をしてきたそうです。神代ゆづりは読書の邪魔をされ、公園に向かったと言ってました。」

「なんだと?」

「仲川が何をしたいのか、さっぱりわかりません。」

「仲川に注意してくれ。仲川の経歴を調べてみる必要がありそうだ。それと、目撃者にもう一度話を聞いてくれ。仲川には気づかれないように。」

「わかりました。」


 

 ゆづりはリビングでマーティンが淹れた紅茶を飲んでいた。

「ふう…なんだか忙しくて疲れたわ。」

「これからもっと忙しくなるでしょう。休むなら今のうちに。」

「そうね。あの仲川刑事、あれも反組織かしら。動きが気持ち悪いというか不気味というか。反組織が私を陥れたいっていうのがみえみえで。なぜ、こんな普通の女子大生に執着するのか?わからないわね。」

「ゆづり様は普通の女子大生ではありませんよ。」

 ゆづりは悪戯っぽい目でマーティンを見た。

「ふ・つ・う!」

 そういって笑いあった。

「まあ、公園の一件のおかげで、もうひとつの事件が疑われないのは拍子抜けね。」

「手口が似てるというだけで、周辺の監視カメラもすり替え済みで、しっかりアリバイも作りましたから。そうそう辿り着けないと思いますよ?」

『僕は君を信じる。』

 一之瀬晃が自宅に送る車の中で発した言葉が、脳裏をかすめた。

 胸がチクリと胸が痛む。

 あなたが真実を知ったら…私がバケモノだと知ったら…それでも私を『信じる。』と言えるのかしら?

「お疲れになられたのでしょう。バスタブにお湯を貯めてきましょうか?」

「そうね、たまには自分でやるわ。いつまでもマーティンに甘えていられないし!」

「ではお任せします。その間にお食事の支度をしますので。」

「あ!マーティン、たまには…デリバリーでピザが食べたいわ。」

「かしこまりました。注文いたしますよ。」

「ふふ、端っこにウィンナーが入ってるのをお願い。」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る