死曲
ちはや
第1話 血の雨
会場の吹き抜けの2階の窓は全面ガラス張りになっていて、そこから眺める空は重苦しくどんよりとしていた。
いまにも泣き出しそうな空…
「お嬢様、そろそろご準備を…」
神代家の執事、マーティンが迎えに来た。
「わかったわ。」
ゆづりが控え室に向かって歩くと、向かい側からはしゃぐ小さな子が走ってきてゆづりにぶつかった。
「すみません。」子供の両親が後から走ってきて謝り「神代ゆづりさん、ですね。今日の演奏を楽しみにしてます。」と
「もうすぐ雨が降ります。小さなお子様連れの方はご遠慮下さい。」
「そんな!やっと手に入れたチケットなんです。子供は静かに音楽を聴くよう
「どうぞご遠慮下さい。では失礼します。」
ゆづりは無表情のまま去った。後ろから付いて来たマーティンが「お嬢様、よろしいのですか?」と静かに尋ねた。
「ええ、本日の演奏に
コンサートホールは200名。正確には197名。
チケットは選ばれた者のみに配られた。誰かが3名分を高額で、先程の家族に取引きしたのだろう。リストに子供はいなかったのだから。
合図と共にステージが
「まぁ、なんて美しい…女神か天使のようですわ。」人々は口々にゆづりを
ポップな曲から始まり、3曲弾き終えると一度休憩に入った。
「お嬢様、
マーティンがグラスを差し出した。
「ありがとう。会場の皆様には楽しんでいただけてるかしら?」
「そのようにございます。」
「そう。じゃあ次の曲で送って差し上げましょう。挨拶してくるわ。」
「かしこまりました。」
マーティンは頭を下げると、後ろに下がり闇に消えた。
ゆづりは持っていたグラスをそのまま床に落とした。グラスは音をたてて、粉々に砕け散った。割れたガラスの破片に、ゆづりの顔が
再びゆづりはステージの中央に立ち、深々とお
「皆様、本日はお忙しい中お越しいただき、ありがとうございます。生涯忘れられない曲を演奏させていただきたいと思います。タイトルは『死曲』。ではごゆっくりお楽しみください。」
誰もなにも思わなかった。気付くこともなかった。ただ、どんな曲なのかを楽しみにしていた。
ポタッ…
ポタッ…ポタッ…
建物の中なのに雨?
神代ゆづりは確かに目の前でバイオリンを演奏している。しかし、音が聴こえない。
なにかおかしいと観客が隣の席を見ると、目から耳から口から鼻から…血を流していた。
「キャー!!!!」
悲鳴と共に観客席は大パニックとなった。全員が血を流しながら、助けを求め出口に向かった。ドアは施錠されていて開かない。
「開けてくれ!大変なんだ!」
「助けて!」
血だらけの床に滑り、転げ回る。血は流れるばかりで止まらない。そんな中ひとりだけ。神代ゆづりはバイオリンを弾いていた。
やがて会場は静かになり、ゆづりは演奏を止めた。「皆様、安らかに…。ごきげんよう。」そう呟いて、ステージから去った。
控え室に戻ると、背の高い強面の男が立っていた。
「おい、3人足りないぞ。」そう言って、ゆづりを
「さぁ、知らないわ。私は演奏しただけ。」
「忘れるな、小さなミス一つでもあれば…」
「わかってるわ。だからこうして、ここに居るじゃない!」
「じゃ、次の
ゆづりはそれを受け取り「早く消えないと、警察が来るわよ。」と笑った。
男は立ち去った。
「マーティン、この後のことは…」
「手は打っております。お嬢様のことは、このマーティンが必ずお守り致します。ご心配なさらずに。」
「ありがとう、助かります。」
やがて遠くからパトカーのサイレンが聞こえて来た。ゆづりはステージに戻り、小さな薬を飲み横になった。
目が覚めたら…夢であればいいのに。
外は土砂降りの雨だった。
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