謝罪会見 21

「鐘古こよみ様……折り入ってあなた様にお力添えをお願いしたいことがあります。聞いていただけますか」


 黄金の頭巾の下、覚悟を決めた豆ははこ様の真剣な瞳がまっすぐにこよみ様を見つめました。


「ええ、もちろん。そのためにやってきたのです。

 族長は語りました。もはやこの世界は風前の灯であると生者が驕り、昂り、霊界との盟約を蔑ろにし続けているせいで冥府に怒りが満ちていると。そして鉄槌が振り下ろされるのも時間の問題だと。

 もしそれが事実であるなら、私は、いえ私だけでなく全ての人類は一刻も早くその問題に立ち向かわねばなりません。族長が云ったように私に何か特別な力があるのなら尚更です。

 豆ははこ様、この世界を救うために私は全てを投げ打つ覚悟です。お力になれることがあるのならどうか遠慮なく全てお申し付けください」


 決意に満ちたその流麗な口調に豆ははこ様が大きく目を瞠きました。

 そして刹那わずかに崩れ始めたその表情がうつむき、また頭巾の笠がそれを隠します。豆ははこ様の窄めた肩がしばらくの間細かく震えていました。


 小春日和とはいえ初冬が訪れた陸奥の国。

 厳寒の先触れのような鋭く尖った寒風が和庭園を過ぎる度に私は背を丸めます。

 しばらくの間、沈黙が続きました。

 そしておもむろに顔を上げた豆ははこ様の頬には光るものが走っていました。


「限界……なのです」


 押し殺したその声には悔しさが感じられました。


「知識の器としての私の能力がもはや限界を迎えているのです」


 こよみ様の背筋がスッと伸び、深く肯きます。

 聡明なこよみ様のことですから、もしかするとそのたった一言で豆ははこ様の苦悩を全て理解されたのかもしれません。


 鹿威しが音を響かせました。

 そして豆ははこ様はそれを合図にしたように話を継ぎます。


「ご存知の通り、近年は情報のメタ化が急速に進み、ひと昔前には考えられなかったほど伝える知識も膨大なものとなっています。けれどその大容量のデータを記憶として詰め込もうにも当然ながら私のキャパシティでは限界があります。なので最近は各方面の知識を少しずつ溜め込んではできるだけ頻繁に黒摩天に赴くようにしていたのですが……」


「とても間に合わない、というわけですね」


 豆ははこ様がうつむきがちに目を伏せられます。


「ええ、それに加えて世界は多様性を認め合う時代に突入しています。もちろんそれ自体は決して悪いことではありませんし、むしろ推奨されるべきでしょう。けれどだかと言って全ての多様性が万人に受け入れられるかというと決してそうではありませんし、恥ずかしながら私にも理解不能な性質のものも多々あるのです。それらをナチラージャさんに伝えようとすると……」


「豆ははこ様が理解できていない事象はやはりナチラージャ閻魔にも上手く伝わらない。つまりそういうことでしょうか」


「ええ、ええ、まさにそういうことなのです。そういう自身が整理できていない思念を手渡すとナチラージャさんはひどく混乱するのです。そしてそれについて謝罪すると彼は……」


「烈火の如く怒り狂う……」


 こよみ様の推察に、けれど豆ははこ様は顔を上げ急いで首を横に振りました。


「いえ、そうではありません。むしろその逆です」

「逆?」


 肯いた豆ははこ様のお顔には困惑した笑みが浮かんでいました。


「彼は懸命に私を慰めてくれるのです」


 それにはさすがのこよみ様も面食らってしまったようです。


「慰める……閻魔が、豆ははこ様を?」

「ええ、とても優しく、穏やかに。そして決まってこう言うのです。『大丈夫、大丈夫。上には僕から上手く言っておくから』、と」


「え、上……?閻魔にも上役がいるのですか?」


「はい、閻魔というのは天界と地獄界の繋ぎ役であり、いわば中間管理職のような立ち位置なのだそうです。そして仕事に不備が重なると、たとえば直結上司の弥勒菩薩などに詰問を受けるのだとか」


 私の背後で鹿威しが再びコンッと乾いた音を響かせました。

 お二人はしばし無言のまま見つめ合います。

 やがてこよみ様が口もとにそっと手を宛てがいました。


「なるほど、読めてきました。ということは現世を滅亡に陥れようとしているのはナチラージャ閻魔ではなく、その上役、いえ、ひょっとすると冥府全体の総意……」


「さすがですね。その通りです。もともと冥界および天界は人類の文明発展に危機感を持っていました。神々への敬いや地獄への恐れを捨て、私利私欲に走る。そういう者がことさらに多くなってきたのはここ数百年。産業革命以降のことです。また爆発的な人口増加によりその傾向に拍車がかかり、冥界の強硬派、シヴァ神、素戔嗚スサノオ、カルティケーヤなどは明日にでも不遜の人類を滅せんと息巻いていたのです。それを穏健派の神々がなんとか宥めてはいたのですが……」


「知識の補充に滞りが生じたことで、それを危惧して強硬派に傾く中立派の神々が増えてきた。つまりそういうことですか」


 豆ははこ様は深く肯きました。


「いまや知識供給の破綻は世界各地で起きています。それにより善人と悪人の線引きが曖昧になりすでに死者の選別に不合理が生じ始めているようです。それを重く見た冥界は現世の時間で数年前、現状が続くならという条件つきでの人類再創生案を採択しました」


「人類再創生案……というのは」


 こよみ様の喉がごくりと音を鳴らしました。


「ええ、とりあえず現人類を殲滅し、地球を数百億年前の状態に戻して類人猿からやり直させる。つまりそういうことです」


 障子隙間から覗いていた私の背筋が絶望で凍りつきました。

 そして沈黙が立ち込めます。

 刹那、世界の色調が一気に数ルクス落ちたように感じられました。

 それからどれくらいの時間が経ったでしょう。

 おそらくは数分。

 けれど数時間にも感じられたその沈黙の後、こよみ様が口を開かれました。


「……しかしながら、それを豆ははこ様が打ち明けて下さったということは人類が滅亡から逃れる方法があり、そしておそらくは私にもなんらかの助力ができる。そういうことなのですね」


 豆ははこ様が神妙な顔つきで肯き、けれどすぐに首を振ります。


「いえ、助力というよりもそれは鐘古こよみ様にしかできないことなのです。冥界の神々に比肩する力の証、ハイパーオーヴの光を纏う貴方さまにしか……」


 

 つづく


 はい! お久しぶりの第一弾!

 ホントはあらすじと相関図を作ろうとしたんですけど、もう煮詰まってしまって無理……。

 てことで、なんもかんもぶっちぎって参ります(平謝り案件)

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