謝罪会見 20

 死者とは霊魂のことです。

 ただ厳密にいえば、霊魂と呼ぶにはまだ程若いその原石のようなもの、とでも説明すればよろしいでしょうか。


 恐山菩提寺の境内。

 その一角に建つこじんまりとした草庵。

 障子ばりのお茶室でこよみ様と豆ははこ様は対峙されました。


 私は濡れ縁の端から、わずかな扉の隙間に目を凝らすようにして覗いておりました。背後には慎ましくも優雅な和庭園がひっそりと設られ、鹿威しの音がその静謐を破るように時折鳴り響きます。


 豆ははこ様は燻んだ山吹色に染め上げた法衣を纏い、金色の頭巾の下に楚々としたお顔が覗いておいででした。

 またこよみ様は裾に牡丹と鴛鴦おしどりをあしらった淡い藤色の色留袖をお召しになり、お二人は一間ほどの距離を持って座し合っておられました。


「原石……。では死者はどのようにして霊魂となるのでしょうか」


 こよみ様がそうお尋ねになると豆ははこ様が少し間を取って答えます。


「南国の島であなたがご覧になった幽体は産まれたての赤子のようなもの。人も動物も現世での生命を失うとその瞬間に別の世界へと産み落とされるのです。そしてそれらは死者の道を通り、ある者が統治する場所へと向かうのです」


「ある者……とは」

「死者を選別する者、つまり閻魔です」 


 障子向こうの路地で鹿威しの音が甲高く鳴り響きました。


「閻魔って、あの閻魔大王ですか」

 

 私からはこよみ様の後ろ姿しか見えませんが、その肩が一瞬、軽く跳ね上がったように見えました。そしてそのご様子に豆ははこ様のお顔がそっと緩みます。


「ええ、そうです。けれど驚くほど稀有な存在ではありません。私たちが閻魔と呼んでいる死者の選別人は世界各地に点拠しておりますから。それぞれに呼称は違いますけれどね」


「では閻魔というのは冥界の王ではないと」


「いえ、王と呼ぶことに差し支えはないでしょう。ただ、しかしながら唯一無二というわけではなく各地に群雄割拠している、云うなれば領主のようなものでしょうか。たとえば霊場と称される場所の地下にはほとんど例外なくそういった閻魔の居城、つまり焔摩天が存在しているのです」


 こよみ様のそのほっそりとしたお身体がまるで石のように固まってしまいました。


「ここ恐山の地下深くには世界でも有数の規模を誇る焔摩天があります。その名は黒摩天。そしてそこに棲む閻魔は……」


 豆ははこ様の表情がスッと消えた気がいたしました。

 こよみ様が息を呑んだ音が聞こえそうに感じました。

 鹿威しの音がコンッと鳴り響きます。


「ナチラージャ」


「……ナチラージャ」


 こよみ様が鸚鵡返しに呟くと豆ははこ様は静かに肯き、それからどういうわけか口もとに指先を添えてクスクスと笑い始めたのです。


「あ、あの、どうかなされましたか」


 こよみ様の背中が不審げに丸くなりました。


「ごめんなさい。でも、あの人、いえ、あの閻魔のことを思い浮かべるとちょっと可笑しくなってしまって」

 

 そういって豆ははこ様はまた笑声を噛み殺します。


「まさか、豆ははこ様はそのナチラージャ閻魔に会われたことがあるのですか」


「ええ、もちろんです」


 豆ははこ様はそこでようやく背筋を正し、その清楚な微笑をこよみ様に向けました。


「霊魂の呼び寄せは閻魔の許しがなければ叶いません。それ故にイタコの長である私は時折この地下にある黒摩天に赴き、ナチラージャさんと会談の場を持つのです」


「会談……ですか」


 さすがのこよみ様も次々と明かされる突拍子もないお話にずいぶん面食らってしまわれているようで、問い掛けにも逡巡が感じられました。

 けれど豆ははこ様はまるでその不審を楽しんでいるかのように事もなく答えます。


「まあ、会談というより商談に近いですね。霊魂を地上に戻すには死者の通り道の流れを逆行させなければなりません。そのためには閻魔の協力が不可欠です。そして助力してもらう代わりに私たちは彼らが求めるものを差し出す必要があるのです」


「それは……たとえば法外な金品とか」


「いえいえ、地獄の沙汰もなんとやらなんて慣用句もありますけど、そういうわけではないのです」


 豆ははこ様は微笑んだまま軽く首を振ります。

 こよみ様の肩が少しだけすくみました。

 

「では、なにを」


「知識です」


「知識……?」


 立ち込めたわずかな沈黙を豆ははこ様の声が払います。


「ええ、そうです。ご存知の通り、閻魔の役目とは死者の生前の行いを裁き、魂の行き先を決めることです。けれどその裁定は常に時代に則したものでなければならず、よって閻魔は常に最新の知識を求めています。つまり科学、歴史、文化、倫理、法律、風俗など、現世の膨大な情報データベースが必要なのですね。そして現在私が務めているイタコ長は代々その知識の繋ぎ役も担っているのです」


 その解説に得心を持たれたのでしょう。

 こよみ様はそこでひとつ肯き、さらに問いを向けられました。


「けれど、どのようにして閻魔にその知識を伝えるのですか。いちいち伝聞や紙媒体というわけにもいかないでしょうし」


「いえ、本来ならばそれほど難しいことではありません。冥界への入り口、つまり死者の国へと赴き、そこで閻魔に会えば良いのです。そして対峙すれば脳に蓄積された情報の全てが伝わる。閻魔にはそういう特殊な能力が備わっていますからね」


 その返答にこよみ様はわずかに肩を窄めていましたが、しばらくして不意に尋ねました。


「ですが、冥界への入り口。そんなところに簡単に辿り着けるものなのでしょうか」


「たしかにそれは身体ひとつをようやく通すほど狭い隧道で、いくつか難所もありますので決して容易い道のりではありません。しかし介添をする従者の付帯も許されておりますし、そうですね、たいてい一昼夜もあれば着きますね」


「一昼夜もそんなところを。しかも定期的に往復されているなんて……お役目とはいえ、頭が下がります」


「いえいえ、年端もいかぬ頃から通い詰めておりますので、もうすっかり慣れてしまいました」


 そこでうつむき加減にひとしきり「ふふふ」と笑った豆ははこ様でしたが、その後で微かに表情を曇らせました。そして茶托に載せられた萩焼きらしき桜色の湯呑みに手を伸ばすと袂で覆った口もとにそれを運びます。

 そのどこか思案げなご様子にこよみ様が首を傾けました。


「あの、どうかされましたか」


 水を向けられた豆ははこ様は湯呑みを茶托に戻し、そこで口を開きかけてまた言葉を呑み込みます。

 こよみ様の背筋が待ち構えるようにピンと伸ばされました。

 

 豆ははこ様は南の島の族長が話した重大な懸案を打ち明けようとしているのだと、ええ、濡れ縁に控える私にもその気配は伝わりました。

 再び鹿威しの乾いた音がひとつ響き渡りました。

 それから何かを決意したように豆ははこ様は長い息を吐き、そして語り始めたのです。


**********


 いやあ、長かった……。

 いつから更新してなかったんだろ。

 たしか前回は真夏でしたよね。

 で、今はもう11月。


 いろいろありましたね〜(遠い目)(懐かしんでる場合じゃねえよ)

 

 いえ、忘れてた訳じゃないんですよ(忘れてたろ、絶対)


 でも、ちょっと読み返してみたんです。 

 そしたら次の回は黒摩天に向かった皆さんが活劇よろしく暴れまくるって書いてるじゃないですか。

 いやあ、驚きましたね(いや、おめえが書いたんだよ)

 そして思いました。


 そんなん無理やん(おい💢)


 というわけで今回は「豆ははこ様ご登場記念回」となりました。


 えっと、クレームなどはカクヨム公式さんの方にお願いしますね。


 それでは、次もお楽しみに。


 

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