謝罪会見 17
坂を下り終えるとそこから石畳の道がまっすぐに伸びていた。
道幅は広く、おそらく五十メートルほどもあるだろうか。
両側には卒塔婆が柵の如くずらりと立てられ、その向こうには石造りのモスクや塔がひっそりと影を並べている。
景観はまるで中国皇帝が暮らした紫禁城へと続く天安門広場のようだ。
一行はだだっ広い道を周囲に警戒しながら進んでいく。
「ねえ、さっきの寒天みたいな……死者。あの人たちもこの道を歩いているんでしょう」
身震いしながらそう訊いたブロ子さんに近藤がうなずき、すぐ目の前に迫った黒い城に目線を向けた。
「ええ、そうです。彼らもあの城、
「て、ことはさ、もしかしてこの辺りにもうじゃうじゃ?」
緋雪氏が恐々と辺りを見回すと近藤はもう一度うなずく。
「……そういうことになりますね」
するとその近藤を背負い直した七倉氏が顔をしかめた。
「でもさ、考えてみればおかしな話ですよね。コンティーの話からすれば、ここは現世とあの世の中間地点というわけですから。だとしたらどうして生きている私らが辿り着けるわけでしょう。しかもエレベーターなんかで」
その不審げな口調に先頭を行く烏丸氏がその青味がかった瞳を背後に流し向け、薄く微笑んで肯首した。
「そうだな。普通ならこんなのはくだらない作り物だと笑い飛ばすところだが、あのこよみさんが単なる興味本位でここまでのめり込むはずはない。という事はここは正真正銘、冥界の入り口と考えて良いだろう」
「だよねぇ。だけどそれならますます分かんなくなってくるね」
そう肩をすくめた緋雪氏が言葉を続ける。
「だってさあ、この冥界と那智さんの謝罪案件がどう結び付くってわけ。あの引き延ばすだけが取り柄みたいな駄作がここに住む誰かさんにどんな迷惑かけたっていうの。全然意味分かんないんだけど」
「ほんとそれですよ、それ。恐山トリップって結局のところは那智さんの想い出話でしょ。確かにいつまでも引き伸ばされてイライラしたけど、私たち以外に迷惑かけられた人なんて実際いないと思うんです。しかもカクヨム作品だから電波の届かないこんな地下深くでは閲覧できるはずもないし」
七倉氏が首を傾げるとブロ子さんがスマホを取り出して思案げに見つめた。
「だよね、当然だけど圏外だもんね。まあ地上からケーブル引っ張ってる可能性もあるけど……。でも、なんかもっとこう超自然的なものが関係してそうな気がしない。たとえば霊界通信みたいな?あ、古いか、あはは」
覇気のない笑い声に、けれど緋雪氏は大真面目な顔でうなずいた。
「いや、もうここに至ってはそう考えるしかないよ。で、つまりは那智さんの作品もそういう霊的なものに迷惑かけたってことじゃないの」
「じゃあ鐘古さんたちは怒った幽霊に拉致されたんですか?うわ、マジでホラー。引くわー」
「え、でもイルカさんは妖怪とか操れるんでしょ。ほら、ナッツもそうだし。だったら幽霊なんか怖くないんじゃ」
ブロ子さんが怪訝そうに聞くと七倉氏は顔を上げて微笑んだ。
「そんなの冗談に決まってるじゃないないですかぁ。あれは那智さんをビビらせようと芝居を打っただけです。けっこう大変でしたよ、ナッツに牙を剥かせるトレーニングとか。言葉使いも『でしてよ』なんて。うふふ」
「ええっ、そうなの。すっかり騙されてた。でもそうだよね。ナッツ、こんなに可愛いのに妖魔の犬とかないよね、あははは」
緋雪氏が快活に笑うとブロ子さんと七倉氏もくつくつと笑い声を立て、ついでに近藤までつられてエヘヘと笑った。
けれどそこに冷たく硬い声色が割り込んできて、全員がそろって前を向いた。
「ふふふ、諸君。余裕があるのは結構なことだが、一応忠告しておこう。那智や鐘古さんたちを拉致した奴らのことだが、正体不明である上に護衛の松本もろとも拐ってしまうとは相当な手練れであることは間違いない。そしてそいつらのアジトにこの程度の人員と装備で押し入ろうとしている我々はかなり分の悪い鉄火場に向かっているということになる。したがって……」
全員がそろって顔を引き攣らせる。
「したがって……?」
ごくりと唾を呑んだ緋雪氏が言葉尻を繰り返すと烏丸氏は振り返り、修羅の如き笑みを浮かべた。
「それなりの覚悟が必要だということだ。そうだろう、コンティー」
不意を突かれた近藤は七倉氏の背中で一瞬身を強ばらせ、それから出し渋るようなうなずきを見せた。
「近藤です。それはその……まあ、そうかもしれません」
「なによ、やっぱり危険なんじゃない。コンティー、さっき危なくないって言ったよね」
振り返ったブロ子さんが眉をひそめて睨みつけると彼はいい匂いのする七倉氏の髪に怖じた顔を埋めた。
「近藤です。いえ、危なくないなんて、そんなことは一言も。私は皆様のお力がなければこよみ様を助けられないとお話しただけで」
「あのさあ、それなんだけど、そもそもなんで私らなわけ。そんな危ない奴らが相手ならこよみさんの私設軍隊でも寄越せばいいじゃない。私ら数人でどうなるもんでもなさそうな気がするんだけど、コンティー」
緋雪氏がマキタの柄尻で背中を小突くと彼はヒッと短い悲鳴を上げた。
「近藤です。いえ、まさかこのような事態になるとは思ってもいなかったですし、それに……」
「それに、なによ」
七倉氏が美麗な横顔を振り向かせると近藤はその背中で大きく身を仰け反らせた。
「近藤です。あ、しまった、コンティーって言われてない。これは逆トラップですね、うふふ」
そしてなにを思ったか、反らせた背を反動をつけて戻し、束ねた黒髪から覗く七倉氏のうなじに広い額を押し付けた。
「お、おい。くっつくな、暑苦しい。てか答えなさいよ、コンティー」
七倉氏は立ち止まり、Paul Smithの襟元にむしゃぶりついてくる近藤を鬱陶しげに揺さぶる。その足もとでは主人の危険を察知したナッツが彼の足に咬みつこうとしてジャンプを繰り返した。
「近藤です。えへへ、それはですね〜」
と、そのときニヤけた近藤のこめかみに冷たいものがそっと押し付けられた。
「コンティー。あんたが今ここであのゼリーみたいな奴になりたいなら簡単だ。私がこの指にちょっと力を加えるだけでいい。どうだ、やってみるか」
いつのまにか真横に立っていた烏丸氏の右手には漆黒のグロック18Cが握られ、同時にその銃口は頭髪のまばらな近藤の額に触れていた。
ヒッという短い悲鳴と共に近藤はまた背を反らせる。
すると烏丸氏はおもむろに腕を下げ、グロックを懐に潜り込ませた。
「まあ、後始末をするのは面倒だし、他の者もあまり関わりたくないだろうから今回は大目に見る。けれど、これ以上ふざけたことをするなら次はない。覚えておくことだ」
「は、はい。し、しかし烏丸様、あの……」
近藤はそう口ごもりながら七倉氏の背中でまっすぐに姿勢を正した。
「なんだ。言いたいことがあれば言ってみろ」
「あの……私は……」
烏丸氏がその頬の傷跡を怪しく歪ませる。
その場にいる全員が息を呑んだ。
「私は……私は……、こ、ん、ど、う、でぇッすッ!」
「はあ?コンティー、あんたねー」
呆れた緋雪氏は無意識に草刈機のスイッチを入れそうになる。
「コンティーでいいじゃん。かわいいし。ゲーミング家具作ってそうだし」
ブロ子さんが緊張感に包まれた場を和ませるためにちょっと訳の分からないことを言った。
「ていうかコンティーさあ、そんな元気があるならそろそろ降りてもらってもいいかしら」
七倉氏がそう言って腰を屈めようとすると近藤はイヤイヤと駄々っ子のように首を振る。
「コンティー、やはり貴様はここで……」
ため息とともに烏丸氏が再び懐に手を忍ばせると近藤は両手を振りながら焦った声で弁解した。
「あ、えっと、すみません。私、ちょっとこだわり過ぎてましたね。いいです、いいです、もうコンティーでも、コンドゥーでも、なんならチャイティーでもいいです。好きに呼んでくださいませ。あ、それよりさっきの話の続き、聞きたくないですか。南太平洋の。道すがらお話しますから、ね、ね、ね」
キモい愛想笑いを浮かべた近藤に烏丸氏はチッと舌打ちをしてから踵を返した。
そしてまた先頭に立って歩き始めるとその後方からオズオズとした近藤の語り口が追ってきた。
つづく
ちょっとだけやる気復活しました。
ていうか……
うわッ、このくだり長ッ(自分でゆーなよ)
バランスとか完全無視だぜ(ワイルドだろぅぅ)
はよ、黒摩天に着けー!(だからおまえがいうなよ)
豆ははこさん、出番はまだです。
ごめんなさい。
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