謝罪会見 16

 一行は葛折つづらおりの砂礫道を下っていく。

 先頭を行く烏丸氏は吹き上げてくる砂混じりの熱い風にミニタリーコートの裾をはためかせながら、淡々と足を運ぶ。

 二番手を進むブロ子さんは斜面に散らばる今にも転がり落ちて来そうな巨石に恐々と目を配りながら、近藤を背負った七倉氏は額にうっすらと汗を滲ませつんのめるように、その傍をナッツが短い尻尾を振りながらちょこちょこ歩きで、そして一番後ろからは草刈機を肩掛けにした緋雪氏が背後になにか気配を感じるのか、再三振り返りながらそれぞれに坂を下っていく。


 見渡せば古代ギリシャの円形劇場を彷彿とさせるすり鉢状の斜面には総じて貧相なバラック小屋が密集しているが、なぜか降りていく坂道の周辺は赤茶けた岩や砂礫が覆うばかりで住居らしきものはなにもなかった。

 そして行く手に目を遣れば、坂を下り切ったところからまっすぐに伸びる広小路もやはり周囲に何も寄せ付けてはいないようだ。


「なんだかこのへんだけ雰囲気違うような……」


 ブロ子さんが何気なく呟くと近藤が不安げな表情で答える。


「まあ、ここは死者の道ですから」


「死者の道?」

 

 緋雪氏が鸚鵡返しに聞くと近藤は七倉氏の肩に顔を埋めるように深く頷いた。


「ええ、真上を見ていただければ分かりますよ」


 その言葉に一同は立ち止まり、そろって頭上を見上げた。


「げっ、なにあれ。でっかい穴」緋雪氏。


「うわッ、ホントだ。なんでさっき気が付かなかったんだろ」


 ブロ子さんが指を向けた先には一面岩盤で覆われていたはずのドームの一部に真っ黒で巨大な穴が口を空けていた。

 そしてなにやらテラテラときらめく透明な泡のようなものが重なり連なり合ってその穴の奥から突き出している。


「ふふ、あれはなんだ。人間の形をしているようだが」


 目を細めて見上げた烏丸氏がそう訊くと近藤はうなずいた。

 すると七倉氏もその近藤を背から下ろして巨穴に目をすがめる。


「ええ、その通りです。ただ正確にいえば人間だったもの……でしょうか」


 よく見ると確かに泡のひとつひとつは生まれ出る前の胎児のように膝抱えに丸くなった人間のフォルムをしていた。それらが無数に連なったそれは透明で巨大なブドウの房のようだ。


「人間だったものって、それはつまり……」


 緋雪氏が唾を飲み込むとブロ子さんが息を詰めて呟く。


「……幽霊ってこと?」


 その問い掛けに近藤はゆるゆると首を振る。

 

「いいえ、幽霊ではありません。彼らは死者です。うつつとの境目である三途の川を渡った者たちです。ほら、ご覧ください」


 近藤が手を差し向けるとその瞬間、頭上高くに連なっていた透明な人の房が不意に弾けて四方に散った。そしてそのそれぞれがシャボン玉のようにしばらく宙空を浮遊したあと、ゆっくりと舞い降りてくる。


「え、キモ、やば。ここに落ちてくる!」


 七倉氏が地声悲鳴を上げてしゃがみ込んだ。

 緋雪氏が草刈機を八双に構え、ブロ子さんは後退りして近くの岩陰に隠れる。

 烏丸氏は平然とそれを見上げたまま、けれど右手を懐に差し入れた。


「大丈夫です。彼らはなにもしません。それどころか、ほら……」


 近藤の声が静かに響くと次いで七倉氏が呆然とした表情で再び立ち上がった。


「……消えた」


 近藤が死者と呼ぶその泡のような人型は地表に近づくにつれて透明度を増し、ついには霞のように消えてしまった。


「ふん、どういうことだ」


 懐に忍ばせていた手を抜いた烏丸氏が興醒めしたように訊くと近藤はひとつ小さなため息を吐き、再び南太平洋の小島で起こった不思議な出来事を話し始めた。



 我々に貸し与えられたのは集落の最奥に陣取る族長の屋敷、その離れでした。

 しかし族長の屋敷といっても他の属人の住居とたいして違いはありません。

 何十本もの細い丸太を地面に突き刺すようにして持ち上げた高床式。

 壁は樹木の皮をつぎはぎにして柱に巻き付かせ、宛てたもの。

 屋根もまた樹皮と葦、椰子の葉などで葺いたまるで弥生時代の遺跡を復元したような本当に粗末な代物でした。

 ただ、こよみ様が建物の端々まで物珍しげに見て回り、そしてひとつひとつの造りに備えられた工夫を発見してはまるで幼い子供のように感嘆の声を上げると、我々側近の者も警戒を怠りはしないものの、その天真爛漫な素振りに密かに心を和ませました。


 夜になると四隅にランプが灯され、室内はささやかな明るみに満たされました。

 暴風が妖魔の声の如く森を騒めかせ、鬱蒼とした樹葉にフィルターを掛けられた雨が霧のように舞っていました。

 やがて我々を出迎えてくれた族長とその息子二人がやってきて、儀礼的な挨拶を交わしました。

 そしてそれが終わると待ちかねたように数人の女たちが食事と酒を運んできました。

 酒宴が始まりました。

 上座には族長とこよみ様が並んで座り、我々とその族人たちが対峙するようにして席に着きました。

 食事といってもタロ芋を蒸して練ったものに豆のスープ、それに蒸し焼きにした鶏肉に少しばかりのフルーツが添えてあるだけの質素なものでした。

 それを手づかみで食べるのです。

 実をいうと私はこよみ様が料理に手をつけずに文句を言い始めるのではないかとヒヤヒヤしておりました。

 なにせどんな料理にも一過言があるこよみ様ですから、臍を曲げてしまわないか心配だったのです。

 けれどそんなものは杞憂でした。

 こよみ様は我々の誰よりも積極的にそれらを口に運んでは舌鼓を打ち、その度に族長や料理を作ってくれた女性たちに謝意を伝え、作り方を尋ねたりしていました。また普段はほとんどお酒を召し上がることのないこよみ様が族長に勧められた手作りの蜂蜜酒を唇に付けていました。

 そして終始笑顔で罪のない小さなジョークをいくつも飛ばしていました。

 そのときばかりは、なんだかこよみ様が幼い少女のように見えてホッとしたのを覚えています。


 我々が食事を終えるとそのうちに族人の末席に居た男が琵琶のような楽器を掻き鳴らし始めました。そのシタールのような心地よい音色に酔っていると、今度はどこからともなく鮮やかな色彩の民族衣装で着飾った若い女性が二人現れて、我々に舞踊を披露してくれました。

 どこか能のような静謐さを感じさせるそれは古来よりその地に伝わる『死者の舞』と呼ばれる踊りだということでした。

 音曲に合わせてしなり、しなりと肢体を鞭のようにたわませるその舞踊は確かに幽界に蠢く亡者のようで、少し薄気味悪くも感じました。

 目を向けるとこよみ様はその踊りに目を向けながらも族長の方に耳をそば立てて何か説明に聞き入っているようでした。

 そして余興も終わり、やがて宴がお開きになってからこよみ様が妙なことを私の耳元にそっと告げたのです。


「今から族長と一緒に冥界を覗いてくる」

 


 つづく


 お待たせしました。

 昨夜はこれ書きながら寝落ちしてました。


 ところで皆さん、この謝罪会見に新メンバーが登場しそうです。

 その方の名は豆ははこ様。

 さてどのようなお役目を担っていただきましょうか、ふふふ……。


 

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