謝罪会見 12

「うわッ、でっかい湖。綺麗な色してるぅ」


 七倉イルカ氏はエレベーターに乗り込むなり、すぐさまシースルーガラスと胸の間にナッツを挟んでイケボな喜声を上げた。


「わあ、ほんと。へえ、恐山ってこういうところだったんだ。もっとゴツゴツした岩場みたいなところばっかりだと思ってた」


 緋雪氏がガラスに歩み寄り、そういうと真横に立ったブロ子さんがエレベーターが下降し始めるのに合わせて人差し指を立てた。


「実は恐山というのは下北半島の中央部に位置する活火山の総称なんです。あの湖は宇曽利山湖うそりやまこというカルデラ湖で透明度も高く、綺麗ですけどかなり強い酸性で気軽に泳いだりはできないようですね」


 エレベーターが一気に加速していく。

 するとそのスピードに乗るようにブロ子さんの説明に滑らかさが増す。

 

「えー、あちら左手下方に見えて参りましたのがその宇曽利山湖の湖畔に立つ恐山菩提寺、日本三大霊場のひとつでございます。菩提寺はおよそ九世紀頃に天台宗の慈覚大師円仁が開基したと伝わっております。恐山は死者の集まる山とされ、七月の恐山大祭ではその境内でイタコの口寄せも行われると……」


「え、なに?どうしてそんなこと知ってるの。ていうかなんでそんなに上手なわけ。ブロ子さんてバスガイドとかもできるの。すごいね〜」


 緋雪氏が驚き顔で聞くと隣で振り返った七倉氏も目を丸くして言う。


「ほんとよねえ。凄腕謝罪会見コーディネーターってだけじゃないのね」


 二人の反応にブロ子さんは満更でもない素振りで答えた。


「えー、別にすごくないですよ〜。でも私、基本ヨミセンだから作品から得た知識だけはあるかもなんです。あ、ちなみにあれが賽の河原ですよ。ほら、湖の横、石が積み重ねられてるの分かります?」


「え、どれどれ?」


 緋雪氏。


「あ、あれじゃない」


 子供のようにガラスに顔をくっつけて指を差す七倉氏にブロ子さんはうなずいたが、そのあとすぐに首を傾げた。


「そうそう、あれです……ってあれ?なんかエレベーター遅くなってきてませんか」


「ほんとだ。なんか止まりそう。でも地下まで行くっていってなかった」


 訝しげに緋雪氏が呟くと後ろから咳払いが聞こえてきた。


「コホン。あのさ、ブロ子ちゃん。ちょっと言いにくいんだけど僕たちはここで降りるよ」


 そう言ったのは龍洋人氏だった。


「え、どうしてよ。それに僕たちってなに」


 ブロ子さんが眉をひそめるとさらにその後ろで別の咳払いが聞こえる。


「うほん。実は私もここで降りようと思う」


 そう続いたのは緋雪氏のご主人さんだった。


「え、あなたまでなんでよ」


 緋雪氏も眉根を寄せた。


「まあ、それがね。聞いたところによるとここにはいい温泉があるらしいんだ。で、龍くんに話したら肩と美容のためにぜひ浸かってみたいっていうから。じゃあ一緒に行こうかって話になって……」


「……は?なにそれ?なに勝手に二人で話進めちゃってんの」


 一気に表情を曇らせた緋雪氏にご主人があたふたと弁解した。


「いや、それにさ。これから行くところは部外者は入れないっていうし」


「え、そんなの私、聞いてないけど」と緋雪氏。


「うん、私も聞いてないね」とブロ子さん。


 すると小さく肩を窄めたご主人と龍氏の後ろで烏丸氏がやおら腕組みをして目をすがめた。


「実はこのエレベーターに乗り込む前、こよみさんからの伝言を受け取ってな。どうやらそういうことらしい」


「えー、聞いてない……んですけどー」


 それでも不満を隠せない緋雪氏を烏丸氏はジロリと睨む。


「だからいま話した」


 すると不承不承ながらうなずいた彼女の隣でブロ子さんが軽く首を傾げた。


「でも、どうしてでしょうね。関係者以外の者がいると何か不都合でもあるんでしょうか」


「さあな、理由は聞いていない。だが、さっきも言ったとおり、命のやり取りさえあるかもしれんというのだ。それなりの制約があって当然だろうな」


 烏丸氏がそう告げたタイミングでエレベーターが完全に止まり、ドアが開いた。


「まあ、私はどちらでも構わんが、不要なリスクは避けるべきだと思わんかね」


 そういってクスリと笑った烏丸氏に二人は顔を見合わせてうなずいた。

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