謝罪会見 1
キィーンというハウリングに記者たちの騒めきが一瞬にして消えた。
「えー皆様、これより那智風太郎氏による謝罪会見を行います。まずは那智氏本人よりここまでに至る顛末とその理由を説明させていただき、その後謝罪、そしてフロアにお集まりの皆様からの質問にお答えする予定ですので、それまでご静粛に願います」
舞台脇のスタンドマイクの前に立ち、流れるような口調で司会を務める美女は大型謝罪会見の裏に必ずその姿ありと謳われる伝説の謝罪会見コーディネーター『ブロッコリー食べました』氏、通称ブロ子さんである。
彼女はどういう裏事情があるのか数少ない那智の理解者のひとりであり、今回の会見もその那智にどうしてもと泣きつかれて渋々引き受けたのであった。
ブロ子さんは内心で大きなため息をつきながらも、いまだ舞台袖で縮こまって動こうとしない那智に剣呑な目配せをした。
もう、早く出てきなさいよ。
謝罪会見というのは壇上とフロアの阿吽の呼吸、そのリズムが大事なのに。
何度もリハーサルをしたのに本番になってこのチキンぶり。
これだからオーラの欠片もない似非作家は困る。
ブロ子さんがもう一度ため息を噛み殺すと、ようやく那智が袖の暗がりからオズオズとした足取りで姿を現した。
その瞬間、彼女は思わず目を覆いそうになった。
あれほど質素な服装を心がけるように口酸っぱく言い聞かせたのに、那智はなんと黒艶の燕尾服を着ている。しかも赤い蝶ネクタイ。しかもなんだ。もしや長髪ウィッグをかぶっているのか。これではまるで綾小路きみまろではないか。
那智さん。会場にいるのは漫談目当ての中高齢女性ではなく、あんたを糾弾しにきた百戦錬磨の記者たちなのですよ。分かっているのですか。
ブロ子さんの心痛をよそに那智は照れ笑いに頭を掻きながら壇上に設けられた会見席に着いた。
まあ、いまさら着替えられるわけでもないし仕方がない。
しかし後で覚えていろよ、那智氏。
謝罪会見が終わったら、次は私に謝罪しろ。
ブロ子さんは胸中そう毒付いてから、ハウリングに注意してマイクを握った。
「えー、それでは、只今より会見を始めます。最初に今回の件について那智氏本人より改めて謝罪をさせていただきます」
そういうとブロ子さんは再び目配せをした。
すると那智はハッとしたように頷き、そしてなにを思ったか次の刹那、会見テーブルによじ登った。そして一度フロアを大きく見回した後、不敵な笑みとともに見事な土下座を決めた。
おいおいおいおい……。
那智氏よ、そこは深々と頭を下げるだけでいいって云ったよな。
土下座は絶対にあかんて云うたよな、私。
危うく卒倒してしまいそうになったブロ子さんだが、そこはやはり伝説の謝罪会見コーディネーター。
そもそも破綻した人間なのだから、こういう想定外もあって然るべしと割り切ることでなんとか意識を保った。
けれどそこに追い討ちをかけるように、いつのまにか土下座の頭を上げた那智の朗らかな声が響き渡る。
「皆様、本日はお忙しい中、那智の謝罪会見にお集まりいただきましてありがとうございます。えー、また本日は昨夜からの雨も上がり、お日柄も大安吉日、絶好の謝罪会見日和となりましたこと誠に僥倖に感じております。これもひとえに那智の日頃の行い、つきましては皆様の温かい御心によるものと……」
ついにブロ子さんの膝が砕けた。
そして近くに控えていたイケメンBL兄弟、
つづく
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