第165話 訪れる清算(坂部正蔵)

「親父、外がやばい事になってるぞ! 自衛隊のヘリが落ちていくのを見た!」

「一体何が起こってるんだ! 直ぐに政府司令部に行くぞ!」


この坂部市の市長権限で副市長とした息子が異変を知らせてくる。

慌てて息子の将司と一緒に、今は政府司令部になっているビルに急いだ。


……


「坂部さんですか……もうこの街は終わりです。既に何百万体ものゾンビに囲まれていて逃げ場はありません……いや、数はもっとかも知れませんね……」


日本政府高官の栗山が私に今の絶望的な状況を説明してくれた。


「く、栗山さん……そうだ! 脱出! 我々もヘリで脱出しましょう! 私は今すぐ家族を連れてきます!」


「無駄です。総理大臣達もヘリで脱出を試みましたが、なぜだか撃墜されてしまいました……我々日本政府は……日本はもう終わったんです……」


う、嘘だ! 今まで私はすごく幸運だったじゃないか!


私は搾取する側だ、する側なんだ! 目障りな荒井家だって追い出して、市長にもなって、これからじゃないか!


「北側のゲートが破られました! ゾンビが街中になだれ込んで来ており、もう逃げ場はありません!」


連絡要員の自衛官が駆け込んで来て絶望的な内容を告げる。


「ほらね。ついに人生においての清算が訪れたんですよ、坂部さん。きっと我々はずっと間違えていたんです。我々は決して神ではない。ただ勉強が出来る者や、生まれが良い者、お金を持っている者、権力を持っている者が自分達の利益だけ追求して、世の中を傲慢に生きてきた結果が今なんです」


全てを諦めたような態度で栗山が話した。


「私は認めない! 認めないぞ! 将司、直ぐに家に帰るぞ!」

「あ、ああ!」


まだ何とかなるはずだ……わ、私は搾取する側なんだ。


私は政府司令部のビルを後にした。





-----





「きゃあ! 誰か助けてー!」

「た、助けてくれ!」

「いやー! お母さーん! こないでー」

「く、喰わないでくれ! ぎゃあああ!」


街中はもう既にゾンビだらけだ!

ゲートが破られたそうだが遠目に見える外壁からも、よじ登ってくる大量のゾンビが見える。


銃声が聞こえるから自衛隊がまだ戦っているのだろうが、この数を撃退出来るとはとても思えない……何処かに隠れる場所は無いか……


既に周囲は、襲われて食われる住民で阿鼻叫喚の地獄絵図のようになっていた。

皆が、必死に助けを求めている。


私は生きながら喰われる者達を他人事の様に眺めた。

少し脳が麻痺してきているのかも知れない。

これじゃあとてもじゃないが家まではたどり着けそうにない。


「畜生! 荒井家を追放なんかするからだ!」

「そうだ! 俺達は反対だったんだ!」

「うぎゃあ!」

「ぎゃあああ!」


荒井家がまだここにいれば……追い出さなければ……あの不思議な力を持つ息子がここにいれば、どうにか出来たのだろうか?


それを後悔する声を聞いて、そんな事が頭を過った。

気付くといつの間にか将司とはぐれていた。


「親父ぃ!」


声で後ろに振り返ると、将司がゾンビ数体に縋りつかれているのが見えた。

あいつはもうダメだ、私だけでも逃げないと!


「そんな! お、親父! 助けてくれよ! ぎゃああああ!」


……


私はあれから隠れては逃げ、逃げては隠れと、何とか生きながらえていた。


(ズダーン!)


だが急に私の眼前で物凄い音がして地面が揺れ、目の前に鬼が、巨躯で角が二本ある鬼の様な者が現れた。


恐怖で身動きできない下半身が何やら生温かい。

どうやら失禁してしまった様だ……


「生き残りがいたか! ラッキーだぜ! 臭えなお前、まあいい! お前、冴賢が何処にいるか知ってるか?」


冴賢? 荒井冴賢の事か? 奴なら確か……


「あ、あの……それは、荒井、荒井冴賢の事でしょうか?」

「おお、そうだ! 荒井冴賢だ! で、何処にいる?」


「あの……言ったら私は逃がしてもらえるんでしょうか?」

「ん? ああ、まあいいだろ。早く言え!」


やったぞ! 地獄に仏ならぬ、地獄に鬼だ!

やはり私は幸運なんだ! 搾取する側なんだ!


「は、はい! 荒井家はここにはいません。この集落を二か月ほど前に追放されて車で北に向かいました……」

「何っ! ここにはいねえのか!?」


「いえっ! は、はい……」


途端に鬼の機嫌が悪くなる。


「ちっ、くそがっ! アルファ! ベータ!」

「「はっ!」」


鬼が叫ぶと、直ぐに部下らしい者たちが現れて鬼の前に恭しく跪いた。


「冴賢は北に行ったらしい。お前たちと配下のマンイーターで直ぐに探してこい!」


「畏まりました」

「仰せのままに」


鬼の部下は直ぐに行ってしまい、私と鬼だけが残された。


「はあ、ふりだしかよ。まあいい、お前で遊ぶか?」


鬼はそう言うと、私の胸に自らの指を突き刺した。


「ぐはぁ! い、痛い!! み、見逃してくれるはずでは……」

「うるせえ、役立たずが! 死んで俺様の糧になれ!」


そんな! あああ、自分の命が流れ出てゆくのを感じる……


嫌だ! 私は、私は搾取する側なんだ!

死にたくない……死ぬのは嫌だ……助け……



「ふん! ジェネラル化もマンイーター化もしなかったか、ただのゴミだな……」



わ、私は……

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