第161話 搾取する者(坂部正蔵)

私の名前は坂部正蔵さかべしょうぞう


私は地域の新聞社に支局長として務める者だ。

家族構成は年老いた母と妻と息子一人の四人暮らし。


我が社は地方紙ではあるが長年地域に根付く新聞社としてやってきた。

私自身も実際に住み暮らしながらマスメディアとして情報を発信してきた側だ。


だが、この世の中は決して清廉潔白では生きられない。

裏では汚い事も随分やってきたし、何なら今現在でもやっている。


議会や市民団体を名乗る政治屋の手先と手を組んで、現体制を面白おかしく騒ぎ立てて紙面を潤わせ、さらに礼金としての裏金や品物をいただく事もある。


市民や国民の為などとは一切考えない。

そんな物は自分の利益にはならないからだ。


新聞が必ず正しい事を書いていると思っている者は、B層と言われる者達だ。

自分で考える力を持たず、報道などにすぐ流されて騙されてしまう。


そして我々マスメディアは表向きは市民の為を装いつつ、巧妙に不正確な情報を交えて混乱する方向にそのB層を誘導するのだ。


良い改革を実行しようとする首長や執行部と議会が対立していたとする。

その場合、真実を報道してしまうと我々との関係が崩れてしまう事になる。

今まで報道しない自由を巧妙に使用して癒着してきた歴史や、現在進行系のアレもコレもバレてしまうかも知れない。


だから読者の誘導を行って、議会が正しく首長側に理がないと思えるような歪曲した報道をわざと行なう。

他メディアも暗黙の了解や横の繫がりがある為、それを黙認する。


そこに正義は無いが、そんな事はどうでも良い。

自分達が今までと変わらずに利益を享受出来れば良いのだ。


地域に密着しすぎて利権の権化になっている議員も多いというかそれが大半だが、その者達に協力した方が安心出来るし、そこから得られる見返りも多い。


だが、そもそも選挙でそういう議員を選んでいるのも民衆だ。


政治に期待せず選挙に行かない事によっても、実は腐敗した議員側に与する事になっている事も知らない者が多いだろう。


投票率が低くなって浮動票が減る事は、特定の組織や個人に迎合して固定票がある腐敗した議員達の思う壺だ。


この世の中は権力を持つ者、搾取した側の勝ちなのだ。


そんな中でパンデミック騒ぎが起こった。





ーーーーー





地方紙ではあるが支局長という仕事柄、パンデミック初期にかなりの情報を得る事が出来た。


得た情報から直感的に不味いと思った私は、直ぐに仕事を放りだして大量の食料を買って家に帰り、数日後には家族を連れて迅速に非常時には避難所となる市役所を目指した。


今まで散々ペンの暴力でこき下ろしてきた市役所に世話になるというのが何とも言えない感じだが、市役所側は何も言わず避難民として私を迎え受入れてくれた。


そして、市役所側の人間は我々民間人を守って多くの者が死んでいった。


市長でさえも内部感染者が発生した際に死んでしまい、その時に愛車の高級ミニバンに隠してあった食料を提供する事により私が大きな権力を持つ事となった。


私は息子の将司しょうじだけは危険に晒さないようにして守り、何とか避難民を守り抜いてきた。


そして最近入ったある避難者から壁の楽園の噂を聞いたのだ。

なんでも高い壁に守られた楽園の様なところがあり、善良な人だけがそこに入れると言う噂だった。


複数のソースから同じ情報が得られた。

私のジャーナリストとしての勘が働く。


恐らくこのまま救助を待っていても助けは来ないに違いない。

であれば壁の楽園とやらに入って守ってもらうか、権力で持ってそこを奪ってしまうのが良い。


そう決めた私は避難民を得意の話術で先導し、危険を承知で壁の楽園を目指した。

大丈夫、私には幸運が味方しているのだ。





ーーーーー





そして、かなりの犠牲を出して壁に到達する事が出来た。


但し、危険を犯して犠牲になったのは市役所の役人の生き残りだったり、正義感に駆られた一般市民達だ。


私は壁の中に入れてくれよう求め、あらかじめ指示しておいたように、老人、女、子供に助けを求めさせる。


「私達はこの壁の噂を聞きつけて来た者です! これから冬もやって来ます! どうか私達をここに入れて貰えないでしょうか?」


「お願いします!」

「子供もいるんです!」

「お年寄りも!」

「お願いします!」

「お願いです!」

「私達を入れて下さい!」


やはり助けを求める弱者を無視できないのか、私の予想通り壁の中に入る事が出来た。


中に入ると驚きの連続だった。

食べ物は多いし、信じられない事に電気・ガス・水道の設備が整った家を与えられた。


このままずっとここの住民になれたらどんなに良いだろう。


だがリーダーは慎重で融通のきかない荒井という男で、私達をそのまま住民として迎え入れる事はなく一時的な保護とされたのだ。


そのうちに住民も問題を起こすし、息子の将司しょうじも婦女子を暴行しようとしたとして怪我が治り次第、追放という事になってしまった。


このままだと、遠からず私まで追い出されてしまうだろう……





ーーーーー





だが、幸運にも好機が訪れた。

自衛隊が日本政府の使者を連れてやってきたのだ。


そして民兵が住民に暴行を働いて荒井家の怒りを買ったらしい。

早速私は防衛副大臣を名乗る男と接触し、荒井家を追い落とす案を持ち掛けた。


それは選挙だ。


このホワイトフォートと呼ばれる集落は現状は荒井家の独裁だが、必要であれば代表選挙を行なう事とされている。


協力者となった私は代表に就任した暁には市長にしてもらえる事になり、麾下の住民に指示して荒井家への悪い噂を流させた。


民衆への印象操作は新聞社に努めていた私にはお手の物だ。

今までも散々やってきた事だ。


中には信じない者もいたが噂を信じてしまう者も多く、それほど経たずに住民の半数以上の署名を手に入れる事が出来たのだ。


そして日本政府側から提示されたあらゆる手段を使う事により、選挙で代表の座を手に入れ、荒井家を追放する事が出来たのだ。





ーーーーー




こうして私はホワイトフォート改め坂部市の市長になった。


市の所有物とした物資や、荒井家が住民の為にと去り際に大量に置いていった物資が、皮肉な事にさらに私の権力を盤石にした。


私の権限で息子の将司しょうじを副市長に据え、現体制に不満を抱く者達の住宅を取り上げて、続々とやって来る政府の面々に提供した。


私の幸運はまだまだ続く。


荒井家が去って少しした後、北の市街から来たと言う者達も私の下に着いた。

大量の物資や燃料を積んだトレーラーでだ。


荒井家の統治の方が良かったと不満をささやく者も多いが気にする事はない。

どうせこの世には神も仏もいない。


私は永遠に搾取する側となるのだ。


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