第112話 楽園を目指して1(平坂綾音)

私の名前は平坂綾音ひらさかあやね

私は平坂心刀流ひらさらしんとうりゅう剣術の道場を代々営む家の長女として生まれた。

現在、高校三年生だ。


私は家系の血なのか剣の才能に恵まれており、全国高校剣道大会では負けた事がなく、男勝りな私はその界隈かいわいでは女武蔵おんなむさしとの異名いみょうで呼ばれている程の腕前だった。


同じ道場内の男性でも私より強い者は父様以外にはいなかった。

そのため、男性に対してはどうしても強さを求めてしまい、今までに誰かと付き合ったりする事は無かった。


今年から高校生になった妹のあかねは剣では私に絶対に敵わないからという理由で、薙刀なぎなたを主とする道に進んでいるけど、今では相当な腕前だと思う。


今年から中学生になった末弟の真九郎しんくろうを父様と共に鍛え上げ、いずれは道場を継げるようになってもらう予定だった。


そんな中、パンデミックが発生した。





ーーーーー





平坂家は道場の防音のため、住宅と道場の周りが強固な壁でおおわれており、入口にバリケードを集中して築く事によりある程度強固な拠点になった。

それにより、当初は道場に集った門人もんじん達と共に自宅にあった刀などで武装し、この近辺では最大の武装集団となった。


父様は可能な限り近隣住民の保護も行っていたけど、度々襲ってくるゾンビに物資の調達で襲われるなどして、徐々に門人達の数を減らしていった。


保護している住民で病死した者が感染者となって内部崩壊しかけたのもあり、急激に数を減らした私達の道場は、外部からの助けも無く孤立してゆく事になった。

そんな中、父と門人達がたまたま調達で出会った人に、周囲を壁に囲まれた楽園の様なところがあるとのうわさを聞いたのだ。


道場は既にわずかな門人、少数の保護住民と私達家族しか生き残っていない状況だった。

私達は生き残る為に一筋の光である楽園を求め、車数台に別れて旅立ったのだ。


それは過酷な旅路であり、ゆく先々での感染者やならず者との戦いでもあった。

その戦いの中で保護住民の乗った車は感染者の波に飲まれ、残った門人達は私達を庇って死に、強かった父もゾンビと化した感染者から私達を守って感染し、真九郎に当主の証となる刀を形見として授けて自決した。


そして最後に残った私達だけで旅を続けていたところ、数十名のならず者達に囲まれてしまったのだ。


流石にこの数の人間には容易には勝てそうにない。

近付けば自決すると宣言すると男達は圧倒的な数の余裕なのか、30分待ってやると言ってきた。

その間に覚悟を決めるしかない……



そして30分後、私達は戦うべく武器を握って勢い良く車から飛び出した。





ーーーーー





私は刀を抜きさやを捨て、父様から教わった特殊な歩行法で突進し、油断している男の一人を袈裟懸けさがけに斬り捨てた。


(ザシュッ!)

「ぎゃああああ!」


斬った男は悲鳴をあげてのたうちまわる。

そして即座に次のターゲットに移動し、男の首に突きを見舞う。


(ズドッ!)

「ごごごぼっ!」


男はのどを押さえて口からあふれ出る血で、しゃべる事も出来ず倒れ伏す。

それを見て、ようやく散って距離を取る男達。


見回すと茜と真九郎もコンビで何とか立ち回っている様だ。


「クソっ! 殺れっ!」


リーダーの男の指示で鉄パイプや刃物を構えた男達が一斉に襲い掛かってくる。

私は体勢を低くして持ち手を伸ばし、円環状に全員の足を切り裂いた。


「ぐあっ!」

「痛えっ!」

「コイツ強えぞ!」


足を斬られて一旦下がる男達。

隙を見せず正眼に刀を構える私と膠着状態になった。


(パン、パンッ!)

「きゃあっ!」

「ちい姉!」


見ると茜が足を拳銃で撃たれた様で蹲っている。

そして殺到する男達に真九郎共々拘束されてしまった。


「動くなっ! この小僧を殺すぞ! 刀を捨てろ!」


男達は真九郎を人質に武装解除を求めて来る。

真九郎を見ると、涙目で首を微かに横に振っている。


私は末の弟の気丈で健気な振る舞いを見て、とても見捨てる事は出来なかった。

下を向き、刀を手放す私。


(パンッ!)

「ぐっ!」


私は笑いながら近寄るリーダーの男に、銃で太ももを撃ち抜かれた。

激痛が身体を走るが、まだ倒れる訳にはいかない……


「ははは。お前は危険だからな。怪我してる位が丁度良さそうだ!」

「……」


「よし! その小僧は撃ち殺せ!」

「な! 止めろ! 私は武器を捨てたではないか!!」


私は顔をあげてリーダーの男に抗議した。

話しが違う!


「知るか! 仲間を何人も殺りやがって! こいつに絶望を味あわせてやれ!」


手下の男が真九郎のこめかみに、ゆっくりと銃を突き付ける。

真九郎は歯を食いしばって必死に迫りくる死の恐怖に耐えている。


ああ真九郎……済まない。

涙が溢れてくる……


父様……

誰か、助けて……


その時、絶望した私の目に一筋の青白い光がきらめくのが見えた。

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