第87話 気になっていた人(桑田明日奈)

私の名前は桑田くわた明日奈あすな


私は子供の頃から真面目で正義感が強く、将来は学校の先生になるのが夢だった。


私には同じマンションで付き合いのある幼馴染の男の子がいた。

杉下すぎした康太こうただ。


康太こうたは子どもの頃は一緒に遊んでいて楽しかったんだけど、成長するにつれ強引で独善的になっていった。


女は男の言う事を聞いていれば良い。

そういう偏った思想が言動に垣間見える。


杉下すぎした家とは家族で付き合いがあり、両親にまで迷惑が掛かりそうで文句が言えなかったけど、私は成長した康太こうたがあまり好きでは無かった。


康太こうたの方は人よりも背が高くスタイル良く育った私を自分の物のように思っているためか、他の人に自分の彼女だと吹聴ふいちょうしている様だった。

それについて文句を言っても止めてもらえず誤解される事も多かった。


でもその誤解があった為か、中学では他の男子とわずらわしいやり取りをする必要が無かったのが唯一の利点だった。


高校は偏差値の高い進学校に入学する事が出来た。

康太こうたも地頭は悪くないので同じ高校に合格していた。

私は受験校を教えていなかったはずなんだけど親が漏らしたみたい。


入学してからは康太こうたとは別のクラスになって少し落ち着くことが出来た。

責任感の強い私はクラス委員にも立候補した。

足の速さを活かして陸上部にも入り、康太こうたと同じクラスの莉子ちゃんという部活で出会った親友も出来た。


私はそうして充実した学生生活を送っていた。


だけどクラス委員のような人をまとめる立場になって、人が自分の思う様にちゃんと動いてくれないという事がわかるようになった。

特に男子は手伝いを何もしてくれないし掃除当番も当たり前のようにサボる。


持ち前の正義感から憤慨していた私だけど、ふとある男子が目に付いた。

その男子は中肉中背でイケメンというわけでもなく、少し気弱そうでクラスでも特定の人としか話さないという印象だった。


でも、掃除当番をサボった人が出た時に、自然と手伝ってくれているのはいつも彼、荒井冴賢君だった。


それ以外にも、先生が花好きで教室に置いてある花瓶の水を、いつも彼が取り替えてくれている事を知っていたし、誰かが踏み荒らした花壇を園芸部の人と一緒に黙々と直しているのを見たこともある。


私が良く話すクラスの子も、この前アクセサリーを教室で無くしてしまったみたいだけど放課後に残っていた彼が落とし物を探すのを手伝ってくれたらしい。


結局見つからなかったらしいけど彼の優しさは本物だと思う。

幼馴染の康太こうたとなんと違うことだろう。


私はいつの間にか荒井君が気になって目で追う様になっていた。


荒井君は幼馴染の武田さんとイケメンと噂の東堂君といつも一緒にいる。

前に教室で誰かが武田さんに荒井君は彼氏なのかどうか聞いていけど、武田さんはただの幼馴染だと必死に否定していた。

私はそれを興味の無い振りをして聞いていたけど、少し胸が軽くなるのを感じた。


いつも荒井君は三人で昼食を摂っているみたいだけど、武田さんと東堂君が美男美女でお互いに意識し合っているのは傍目にも丸わかりだった。

それについて、クラスの黒田君とかは嫌な感じで荒井君に絡んでいたりした。


だけど私は気づいていた。

東堂君の目は私の幼馴染が私を見る目と同じく、女性をアクセサリーの様に見る目だと。


それとは全然違う柔らかい暖かな瞳で荒井君から見られている武田さんを、私は凄く羨ましいなと思うようになっていた。





ーーーーー





そしてウィルスのパンデミックが起こった。


私はパニックで頭が真っ白になったけど放送を聞いていち早く体育館に向かった。

そこにはクラスの皆も来ていて、莉子ちゃんとも会って喜び合った。


だけど荒井君、荒井君はどこ?

やっと見つけた荒井君は体育館の床に横になっていた。

脚を怪我しているみたい……


私は荒井君に大丈夫かと声を掛けたんだけど、その後康太こうたに邪魔されてあまり話せなかった。


荒井君は怪我で動けそうにない。

万が一の時は絶対に荒井君も連れて一緒に逃げよう。


そしてその時がやって来た。

私は荒井君をなんとか立たせて体育館から脱出した。

だけど康太こうたのせいで荒井君を最後まで助ける事が出来なかった。

神様! どうか、どうか荒井くんを助けて下さい……


泣きながら遠ざかる私は、莉子ちゃんや康太こうたのグループと合流した。

荒井くんを助けに戻りたいけど、莉子ちゃんを危険の中に置いておくことは出来ない。


悲しいけど、今は逃げなきゃ……





ーーーーー





その後私たちは市内にあったビルに夜になるまで隠れていた。

男子たちは途中で食べ物を手に入れていたようで、自分たちだけで食べだした。


「お腹が空いただろ、食べ物をあげるからわかるよな? おい後ろに回れ!」

「わかった!」


男子たちが莉子ちゃんを襲おうとしている!

驚いて康太こうた見ると、明らかに知らぬ振りをしている様だ。


莉子ちゃんが危ない!

私は身長の低い方の男子に体当たりして莉子ちゃんを助けて逃げ出した。


私たちは陸上部だから普段運動をあまりしていないだろう男子に追いつかれる事はなかったけど、逃げた先で莉子ちゃんがガレキに躓いて足を挫いてしまった。


お腹も空いて怪我で動けず、いつ男子たちに見つかるか怯えて途方に暮れる私たちだったけど、そこで奇跡的に荒井君と再会する事が出来た。

荒井君は無事だったんだ! 神様ありがとうございます!


でも何だか前より少し背が高くなって逞しくなった感じがする。

それに怪我の具合も良くなってるみたい。


その後、荒井君の手助けで追手やゾンビ達を振り切って莉子ちゃんを無事に家族の元まで送る事が出来た。


荒井君はどうも幼馴染の康太こうたの事を私の彼氏だと思っていたみたいなので、全力で否定して誤解を解いた。


康太こうたなんかより、私がずっと気になっていたのは荒井君の方だ。

荒井君はすごく優しい。

男子に襲われて心に傷が出来た莉子ちゃんを思いやってくれるし、見返りを求めずに私たちを一生懸命に守ってくれた。


それから私の家に帰ると両親も死んでいるのがわかって絶望するところだったけど、荒井君が弟を探そうって励ましてくれた。

そして弟の明人の居場所を探して再会までさせてくれた。


だけど唯一の肉親である弟と再会して浮かれていた私は、その嬉しさで荒井君の事を一時忘れてしまっていたの。


次に見つけた時は疲れて眠っていたので毛布を掛けてあげた。

そしてその後、同じ避難所にいた康太こうたの兄の純一じゅんいちさんに居住区を外れた倉庫まで呼ばれ、これまでの事を聞かれた。


康太こうたたちに襲われた事は言いにくかったので、学校から逃げて来た事、自宅の両親が既に死んでいた事などを伝えた。


それを聞いた純一じゅんいちさんは私を急に抱き締めてきた。

私は凄くびっくりしたのだけど兄の様な人だし、私の心情を思いやっての事だと思ってしばしそれを受け入れた。


その後、荒井君が寝ていた場所に戻って見ると既に荒井君はそこにはおらず、綺麗に折りたたまれた毛布が置いてあるだけだ。


そして荒井君は何処を探しても見つからなかったの……





ーーーーー





しばらくの間、私は抜け殻の様になってしまった……

もう荒井君は私のそばにはいない。


あの後、警察の人に確認したら夜中に外へ出ていった少年がいたとの事だった。

たぶん自宅を目指して出て行ってしまったんだろう。


なんで挨拶も無くいなくなってしまったのか。

弟に会えた喜びで少しだけ離れてしまったけど、私は荒井君に着いていこうと思っていたのに……


離れてしまった今でははっきりとわかる。

あれだけ荒井君が気になっていたのは、恋心なのだと。


その後は避難所で割り振られた仕事をこなす毎日だった。

なぜか兄ポジションの純一さんが私に迫ってくる事があったけど、私は荒井君がいなくなって急に色褪せた世界でそれどころでは無かった。





ーーーーー





「ひさとお兄ちゃん、大丈夫かなあ……」


新しくこの避難所に来た人たちに食事の配膳に来た私は驚く。

小学生ぐらいの女の子が荒井君の下の名前を口にしたのだ。


私はまさかという思いで女の子に確認する。


「あの……ひさとって名前を言ってたけど、もしかして荒井冴賢君の事かな?」

「えっ、あなたは?」


女の子のお兄さんらしい中学生ぐらいの男の子が私を怪しむように尋ねる。


「私は桑田明日奈といいます。荒井君とは高校の同じクラスで、私をここまで送ってくれたのも荒井君なの。もし、ここに来ているなら会えないかな?」

「そうでしたか……でも……」

「ひさとお兄ちゃん捕まっちゃったの……何も悪い事してないのに……」


捕まった? なら留置場かしら。

でも荒井君がなんで捕まるの?


私は訳がわからなかったけど、留置場の配膳係の人にお願いして仕事を代わってもらい、荒井君が寝ているのを見つける事が出来た。


思わず荒井君を起こしてしまったけど、その言葉から私と距離を置きたそうな感じがする。

何でだろう……


私は素直に荒井君に着いて行きたい自分の胸の内を伝えた。

荒井君は外は危険だと私を心配してくれたけどそこはもう押し切った。

そして遂に一緒に行ける事になった。


やったわ! 荒井君と一緒に生きていける!

世界は急にまた彩りを取り戻した様に輝いた。


それから一緒に避難所を出て冴賢くんの家族を探すことになったのだけど、もの凄い超能力を持っている事をカミングアウトされた。


それは凄く助かるけれど、そんな力なんかなくても良い。

ずっと一緒にいられればそれで。





ーーーーー





今日は夕食に、新しい避難民の歓迎&顔合わせ会がある。

最近合流した親友の莉子ちゃんと笑顔で楽しく食事の準備をする。

世の中は本当に大変だけど、私は今が凄く楽しい。


莉子ちゃんの様子をみるとライバルが増えたような気もするけど、私はお婆ちゃんになるまで、私の気になっていた人と一緒に生きられればそれだけでいいの。

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