第12話 人には人の黒歴史がある。
その日の授業の前半がようやく終わった。
「さて、昼飯でも買いに向かうかね」
「その前に、ボランティア部に顔出してね」
「うへぇ。俺、帰宅部なんだけど?」
「ほほう、私から逃げ出すというの?」
「な、何でもありません!
「様付けしないで!」
「じゃあ、女王様?」
「それ、同じ意味に聞こえるのだけど?」
購買が混む前に席を立とうとすると、隣から呼び止められて、泣く泣く残り物のコッペパンを買う羽目になってしまった。あれって中身に具が無かったら風味の無いボソボソとしたパンなんだよな。チョコクリームとかイチゴジャムが売っていれば、なんとか誤魔化せるんだが。
ああ、愛しの焼きそばパンは今日も買えず。
「ネクタイを引っ張るの止めて貰えます?」
「逃げるから捕まえているだけでしょう」
「や、やっぱり化け物だわ」
「今、何か言った?」
「なんでも!」
そうして二人で教室から出ようとすると遠目に見えた
この二人の間には一体どんな軋轢があるというのだろうか? 引っ張られる俺には皆目見当がつかない話である。それこそ小学生の頃は仲が良かったよな。一体、いつごろから、はて?
「つか、思ったんだけど、なんで委員長までも、あのジミメンにやたらと構うんだ?」
「明らかに俺等と同類なはずなんだが?」
「世の中、マジで分からんな」
三バカと同じ考え方を持ってしまうのは大変気持ち悪いが、俺もそれには同意する。
一々俺に構う必要は無いと思うのだが?
「アンタはもう少し、自分の顔への自己評価が高ければ、周囲の反応もマシになるはずなんだけどね」
「・・・」
「身体はあり得ないほど鍛えられていて」
「・・・」
「素で格好いいと思わせる台詞を吐いて」
「・・・」
「なのに普段から斜に構えて手抜きして」
「・・・」
「それが格好いいと思っているなら間違いよ」
「思ってねぇよ」
そう、俺が発した直後、沈黙の空気が周囲に満ちた。人気の無い部室棟の渡り廊下だから余計にそう思う。ネクタイを引っ張る涙の手も外れ、逃げるなら今だと思ったが、空気が重くて足が動かねぇ。するとひとときの間を置いて、涙が重苦しい雰囲気を纏わせながら口を開く。
「や、やっぱり、あの時の事が原因かしら?」
「あ、あの時の事? な、何の事だ?」
「声が震えてるわよ」
「うっ」
ホント、嫌なことを思い出させてくれる。
「ま、まぁ大勢の前で、お断りした私も悪いけどね・・・ははははは。ごめん」
「・・・」
止めてくれ、苦笑しながら言葉に出すな。
お、俺の黒歴史を掘り起こさないでくれ。
ホント、何で幼馴染だから大丈夫だって高を括ってこいつに告白なんて真似をしたのかね。
付き合いが長いだけの異性の幼馴染。
毎日、飯を食って風呂を借りるだけの関係。
時々、節約で混浴していただけの、な。
「か、彼氏が出来たって、報告が遅れたのは悪かったとは思うけど・・・って、聞いてる?」
「いま、何か言ったか? 彼氏がどーとか?」
「聞こえているじゃないの」
その後、体育館裏に呼び出されて、涙の彼氏なる先輩を筆頭に運動部の男子達から肉体言語による言い聞かせを受けて、数週間入院する羽目になったっけ。ああ、古傷が疼きだしたわ。
当時の涙は各クラスの男子達の羨望の的だったからな。マドンナとか、なんとか言われて。
「今思えば最悪の初恋だったわけだけど・・・」
射止めた先輩も顔良し気立て良しだった。
嗜虐的な中身はともかく、外面は周囲から認められる優男の先輩だったと、記憶している。
しかも普通なら大問題になるところを優男の父親が政治家だったかで全てもみ消されて表沙汰にはならなかった。入院時に詫びも無く俺が悪いとだけ噂されたのはやりきれなかったが。
「本当に好きだったのかって問われたら、疑問に思う事の方が多いわね」
その時からだよな、恋愛に興味が無くなったのは。恋愛すると判断能力が低下して、後先考えない愚行を犯すって、思い知ったから。
「俺の愚行を今更話題に出すなよ」
「愚行って、それを言うなら私の行動すらも愚行なんだけど? いえ、愚行そのものね」
互いに反省すべき事案だったって事か。
俺は頭をボリボリと掻いて部室に指をさす。
「今更、たらればを言っても仕方ないだろ」
時間が惜しい時に思い出す話ではないから。
話題を提供した涙は苦笑しつつも頷いた。
「まぁ、そうなんだけど、ねぇ」
ちなみに、当時の朱音は校区が違っていたから、この件はノータッチだった。入院したと知ってからは毎日のように見舞いに来てくれたっけ。以降は沈黙を保ったまま陰に隠れてやり過ごした。ああ、朱音と涙の仲が変化したのも、この件から、だったかもしれない。
「結局はDV野郎って思い知って別れたわ」
「・・・」
思い知ったと言いつつ自身の尻を押さえるのは止めないか? 何があったのかは知らんが。
「男を見る目を養う必要があったって事ね」
「お前でも後悔する事があるのか?」
「あるに決まっているでしょう。嫁と大喧嘩して私の方が悪かったって思わされたんだから」
「・・・」
「お陰で嫁からの威嚇が酷くなったわね」
「・・・」
化け物でも反省する事があるんだな。
まぁ年相応の女子であるのは確かか。
「今更、贖罪しても遅いとは思うけど」
「何か言ったか?」
「ううん。隣の芝生は青い、か。あの子が自覚するまでは頑張って絡んであげるね?」
「なんのこっちゃ」
「それが私に出来る最大級の手助けだから。ただまぁ、ミイラ取りになりそうで恐いけど」
「?」
と、ともあれ、そんな重苦しい会話はボランティア部の部室に到着すると霧散した。
「部長! っと、幽霊部員先輩ちーっす!」
「誰が幽霊部員か」
「言い得て妙ね」
「なんでやねん」
俺は部員になったつもりは毛頭ないぞ。
「そうそう、先生から来週の予定表を貰ってきました」
「ありがとう、
「いえいえ、部長の手助けになるならどんな事でもお助けしますよ、俺は!」
何でそこで俺を見る?
犬みたいに涙に尻尾振ってからに。
そんな発情犬は去勢してやろうか? あ?
「ひっ!?」
「どうしたの? 急に後ろに来て」
「い、いえ、急に寒気がしたもので」
「エアコンが効いてないのかしら?」
おっと、いかんいかん。
股間押さえて背後に隠れやがった。
朱音式のクルミ割りをやったからかね?
まぁいいや。
あまり時間をかけすぎても購買に行く時間が取れなければ空腹で過ごす事になりそうだし。
一先ず、近くにある教員の椅子に座って。
「それで引っ張ってきて、俺に何をさせるつもりだよ」
「そうだったわ。次の予定でね・・・」
その後は来週の予定を示された。
ふむ、河原でバーベキューとな。
おやつ要員に何を求めるのかと思えば、
「マシュマロを焼いてチョコビスケットに挟むお菓子があるって聞いてね。それなら」
「あー、はいはい。市販品ではなくて全て俺に用意してほしいと」
「そうなるかな? 大丈夫? 無理なら」
「出来ないとは言ってないぞ」
材料さえ揃えればどうとでもなる。
この部の顧問の立ち会いなら問題も無いし。
食品衛生責任者の資格を持つ、な。
「じゃあ!?」
「とりあえず、先に材料を揃えて試作するところから始めるけどな。子供舌に合わせないと」
「そ、そうね」
「幽霊部員先輩がハキハキ喋ってる・・・」
「俺だってそれくらいなら喋るわ!」
「そうだったんですか? 部長?」
「あはははは。ま、まぁね」
俺を何だと思っているのか?
いや、俺が大人しくなってから入学した中学の後輩でもあるから、知らなくて当然か。
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