缶コーヒー in my hand

缶コーヒー in my hand

 覚悟は出来た。これを飲み終わった時、それで僕も終えよう。

 眼下に広がる夜景、そして季節を象徴する華やかなイルミネーションが、僕の目を突き刺すようにちらついている。

 吐いた白い息が空に消えていく、もうすぐ僕も。

 けれど、強い風に押された時踏ん張ってしまうのは何故なのだろう。もう帰る場所は無いというのに。

 もう一度だけ、この手で君を抱きしめたい。


 今手にしている缶コーヒーは半分ほど減って、段々と熱を失っている。

 僕は無糖が好きだった、でも君が買って来てくれるのはいつも微糖だった。

 好みを伝えようとしたこともあったけど、嬉しそうに缶コーヒーを差し出す君を見ればどうでもよくなった。

 そんな日から季節は巡り、今また冬が来た。

 僕の隣に君はいない。


 風がまた強く吹いた。反射的に肩をすくめると、マフラーが首を軽く絞めた。

 少し目立つ柄のマフラーは君が選んでくれた。無難な色柄の物しか身に付けなかった僕に、「こういうのも絶対似合うよ」と半ば無理矢理試着させた。

 「……ほら、似合わない」と言った僕に、「え、かわいいじゃん! 凄く似合ってるよ」と言う君。

 僕は照れくさくて、「かわいいって……」と呟くことしか出来なかった。

 そんな日から季節は巡り、今また冬が来た。

 この世界に君はいない。

 

 もう缶コーヒーも冷め切ってしまった。

 最後の一口は、いつもよりしょっぱく感じた。からっぽになってしまった容器を足もとにそっと置く。

 覚悟は出来ている。

 君からの贈り物も、全部持っていけたらいいのに。置いていったら怒られるかな。どうか許してほしい。


 マフラーを握りしめ、右足を踏み出した。当然足の踏み場は無い。

 体が浮き血の気が引いて、心臓をギュッと掴まれる感覚が僕を襲う。


 ――そして、突風が吹いた。僕を押し返す様に。

「なんで……! なんで邪魔するんだ……!」

 押し返された僕は、また足を踏み出した、さっきよりも勢いをつけて。

 しかし、またしても風が吹いた。今度は信じられないほどの突風で、僕はあまりの勢いに尻餅をついてしまう。

「なんで……!」

 カンカンと金属音を鳴らしながら、僕の元へ缶コーヒーが転がってくる。微糖と書かれたパッケージがこちらを向く。

 舞い上がったマフラーはひっくり返り、タグが顔を見せる。そこには黒いペンで名前が書かれていた。僕の名前。

 紛れもない、君の文字だ。


 涙が溢れた。

 僕は泣いた。情けなく、わんわん泣いた。


 さよなら。君に会いたい。

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缶コーヒー in my hand @pearl-sora

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